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ベータウィークで振り返る、九州スタートアップ・エコシステムの現在地 ——佐賀・宮崎・大分の熱量とリアル

私たちがベンチャーキャピタリストとして九州に根ざした投資活動を始めてから、ずいぶんと長い時間が経ちました。福岡市が「スタートアップ都市宣言」を行って以降、九州全域で起業家を尊重する文化が根付き始め、地域を拠点とする起業家がその地を離れざるを得ないという状況が少しずつ変わってきていることに、少なからず変化を感じる日々です。
私たちベータ・ベンチャーキャピタルは、福岡と宮崎に拠点を置き、九州に拘った投資を行ってきました。私たちが事業を行う上でとても大切にしているのは、地域で資金と人が循環する「金融の地産地消」。その想いを、スローガンである「まわれまわれ、いい資本。」に込めています。しかし、メンバーの居住地である福岡や宮崎にどうしてもネットワークが偏りがちになるという課題感も常に抱えていました。
そこで、呼ばれるのを待つのではなく、自ら九州各地に赴き、現地の起業家や支援者と直接交わる無料相談会 ”βvc week” をここ2年ほど開催し続けています。
2026年の幕開けとともに、私たちは佐賀、宮崎、大分と立て続けに3市を訪問。九州と一括りにされがちですが、実際に足を運んでみると、そこには各県・各都市ごとの鮮やかなグラデーションと、独自の歴史に裏打ちされた確かな熱量が存在していました。
九州に根ざし活動を行ってきた私たちが現場で見てきたこの熱量を、Podcastでの振り返りも交えながらお伝えしていこうというのが今回の趣旨になります。 振り返りながら、改めて自分たちの立ち位置や、地方でスタートアップすることの意義を確認することもできました。各地域で奮闘する起業家の皆さんやアトツギの方々、そして行政・支援施設の皆様に、九州のエコシステムがどのような変化をしているのかが伝われば幸いです。
まずは、九州各県のスタートアップ環境がどのように変わってきたのかを、現場のリアルな空気感とともに見ていきましょう。
佐賀のスタートアップ環境はどのように変わってきているのか
2026年の一発目の訪問地となったのは、佐賀市。伺ったのは、赤瀬と田村でした。実は前年の11月に訪問したばかりでしたが、現地から「別の相談者が集まりそう」という声を受け、異例の短スパンでの再訪となりました。
まずは、会場の空気感から。今回、私たちが会場としてお借りしたのは「SAGA CHIKA」という県庁の地下にあるオープンスペース。ここは県庁の食堂も兼ねており、昼時には職員の方々が食事を取り、夕方には地元の高校生たちが勉強をしているような、まさに県民の「日常空間」です。

一般的なガラス張りのインキュベーション施設とは全く異なる空気感の中、高校生たちが勉強するすぐ隣で、次世代のビジネスを創ろうとする起業家と私たちが熱を込めて議論を交わすという光景は、佐賀ならではのフラットでオープンな土壌を象徴していました。一緒に参加したメンバーも「サードプレイス的な場所として機能していて、すごくいい」と語っていましたが、私たちも今後、公民館やコミュニティセンターなど、日常と地続きの場所をもっと探して行きたいと強く感じたところです。
行政の取り組みについてはどうでしょうか。 佐賀県の強みは、行政主導の支援策が非常に立体的かつ重層的であることです。「Startup Gateway SAGA」という初期の掘り起こしから始まり、調達を見据えた「Boost」、さらにはプロモーション特化、専門人材のアサインまで、フェーズが上がるごとに手厚い支援を受けられる「階段構造」ができあがっています。

この手厚い土壌があるからこそ、今回相談に訪れた7名の方々の多くは、創業前や個人事業主といった「初期フェーズ」の方々。午後1時から夕方6時まで、1分の休憩もなく5時間連続でノンストップの面談を行いましたが、そのどれもが未来への可能性に満ちていました。
初期フェーズの方々と話す中で、私たちが意識したのは「言葉の定義がズレたまま話していないか」。例えば、VCの業界で「スケールする」といえば、短期間でIPO(新規株式公開)を目指す急成長を指すことが一般的です。しかし、地域の起業家にとっての「スケール」は、「今は1人でやっているけれど、5人の組織にしたい」という目の前の成長を意味することもあります。VCがまだ身近ではない起業家との対話では、特に気をつけているポイントです。
農業系のビジネスや特産品を活かした事業など、「佐賀のものを大切にしたい」という起業家たちには、全国統一のサービスを展開するのとは異なる、地域に根ざした「ちょうどいいスケーラビリティ」が存在するのではないでしょうか。全員がユニコーン企業を目指す必要はありません。
まだ会社を設立していなくても、VCからの出資を受けるイメージが湧いていなくても私たちは構いません。「誰かの課題を解決したい」という思いがあるのなら、まずは一度、事業の壁打ち相手として私たちを利用してほしいと改めて思いました。
宮崎の動向と、次なる産業の芽
続いて訪れたのは、私たちの拠点の一つでもある宮崎市。宮崎オフィスを率いる津野と、福岡から林が伺っています。今回は弊社もオフィスをお借りしている、若草通りの裏手にある「HÜTTE(ヒュッテ)」という非常に雰囲気の良いコワーキングスペースで面談を行いました。
そもそも、九州でのスタートアップの盛り上がりは福岡だけに限った話ではありません。実は宮崎は、九州のスタートアップの歴史を語る上で欠かせない「源流」を持っています。 2010年代前半、まだ福岡が「スタートアップ都市宣言」を行うかどうかの時期から、宮崎には「アラタナ」(2015年に現ZOZOに参画)というITベンチャーが存在し、「宮崎に1000人の雇用をつくる」というスローガンを掲げて活動をしていました。
このアラタナで活躍した人材が後に独立して起業家やエンジェル投資家となり、現在に至る宮崎のエコシステムの強固な基盤を形成しています。近年も日本情報クリエイトやWASHハウス、キャスターなど、宮崎県からはコンスタントにIPO企業が生まれており、強い思いを持った起業家を継続的に輩出する土壌が構築されているのです。これは個人的な感覚にも近く、宮崎がトレンドとして伸びているというのはある程度実態に近いのかなと思っています。
一方、最近の宮崎はかつての「IT一辺倒」から様相を変えつつあるようです。顕著なのは、大学発のディープテックや、宮崎の基幹産業である農業課題を解決するアグリテックへのシフト。 宮崎大学や都城高専などを巻き込んだビジネスコンテストが非常に盛り上がっており、若い学生たちがリアルなプロダクトを作って挑戦しています。例えば、宮崎の空港周辺に植えられている「ワシントンヤシ」の伐採作業の危険性を解決するため、伸縮式の伐採ロボットを開発している高専生のチームなど、地域課題に直結したユニークなアグリテックが生まれているのは注目すべきポイントです。

そして、宮崎で私たちが強く感じたのが「切実な地域課題とアトツギの交差点」。長年通っていたお腹いっぱい肉を食べさせてくれる焼肉屋さんが、後継者不足で突如閉店してしまうという現実に直面しました。企業誘致のトレンドも、かつてのIT企業から、現在は空いた工業団地を活用した半導体系企業や製造業へとシフトしています。
こうした中で、「後継者がいない地場企業を引き継ぎ、新しいテクノロジーやアプローチで再構築する」という、アトツギや事業承継を絡めたスタートアップ的な挑戦が、今後の地方において極めて重要になってくると確信しました。 家業を継ぐ方々にとって、「上場」や「外部資本の活用」は決して無関係な話ではなく、地域産業を守り、進化させるための強力な武器になり得るのではないでしょうか。
大分の力強い磁場と、多様なプレイヤーが混ざり合うエコシステム
さて、前置きが長くなりましたが、第3回目の訪問地は大分市。今回は大分駅前の商業施設OPA内に新しくオープンしたばかりの「まちのコワーク powered by ATOMica」を会場としました。
大分での開催は2日間、過去最多となる計17名の相談者が訪れ、私たちも息つく暇もなく語り合うほど。この熱量の背景には、大分独自の「エコシステム会」の存在があります。支援者、起業家、そして偶然コワーキングスペースをドロップインで利用していた地元の方々が、境界線なく自然と混ざり合う空気感。事前にアポイントを取った面談だけでなく、「ちょっと隣で面白そうなことをやっているから」と飛び入りで会話が生まれる状況。こうしたオフラインならではの「余白」が、新しいビジネスの種を育む重要な要素なのだと再認識しました。

大分のエコシステムを語る上でも外せないのが、歴史的な「厚み」です。地方銀行系としては極めて異例なことに、大分銀行の系列である大分ベンチャーキャピタルは、1997年という非常に早い段階から地域への投資活動を継続。彼らは「創立以来、地元から上場した企業すべてに投資してきた」という凄まじい実績と信念を持っています。
また、地元の大手企業が合同で立ち上げたOECというIT企業がすでに60年の歴史を持っていたり、Uターンした起業家が立ち上げたイジゲンのような気鋭のスタートアップが生まれ育ってきた土壌も。大分には、地域のプレイヤーが一致団結して「大分のためにやるぞ」という特有の力強い「磁場」が存在していると感じました。
大分での相談者の特徴は、すでに事業を実際に動かしている、あるいはプロダクトを作り始めてPoC(概念実証)のフェーズに入っている方も多かったこと。「これだけの資金が必要で、こういうマイルストーンを描いている」といった、資金調達を見据えた解像度の高い議論が交わされました。
すでに走り出している起業家の方々にとって、VCとの壁打ちは「自社の事業仮説と、投資家目線の論理を釣り合わせる」良い機会になると思っています。事業が形になり始めているからこそ、外部の客観的な視点を入れることでさらに大きなスケールを描くヒントを見つける、そんなお手伝いをさせてください。
これからの九州の10年と、皆さんへのメッセージ
これまでの内容をまとめると、九州各県のエコシステムは、
・佐賀のような「面で支える温かい土壌と階段構造の支援」
・宮崎のような「歴史ある系譜と、アトツギ・ディープテックへの変遷」
・大分のような「多様なプレイヤーが混ざり合う強固な磁場と歴史的厚み」
といった特徴を持って進化してきていることが分かりますね。
特定産業に的を絞った地域振興が良いのか、多様なスタートアップが育つ環境が良いのかについては賛否両論ありますが、多様であってもスタートアップ的な人材と資金が供給され続ける環境の方が、エコシステムの初期にはより重要な資産であるというのが個人的な見解ではあります。
最後に、こうした九州の盛り上がりを前に、私たちが皆さんに期待すること、そして一緒に行っていきたいことについて触れておきます。
1. 行政、自治体、スタートアップ支援施設の皆様へ 大分の「まちのコワーク」や佐賀の「SAGA CHIKA」のように、場に人が集い、外部の血が混ざることでエコシステムは一気に活性化します。「私たちの地域にも熱気をもたらしたい」「地元の起業家たちに、外の風を感じてほしい」と思われたなら、ぜひ私たちにお声がけください!県庁の地下でも、新設のコワーキングスペースでも、場合によっては公民館でも、私たちは喜んで駆けつける所存です。
2. スタートアップを考えている「創業者」の皆様へ 「自分はまだ会社も作っていないし、VCに相談するレベルじゃない」と思っていませんか。私たちは “Initial VC Round” という、VC初めましての投資や相談を積極的に支援しています。資金調達を前提としなくても構いません。スケールの形は一つではありませんので、まずはあなたの「やりたいこと」を私たちに聞かせてください。
3. 地域で家業を継ぐ「アトツギ」の皆様へ あなたが継ごうとしている、あるいはすでに継いでいるその事業に、新しいテクノロジーやアプローチを掛け合わせることで、一気に「スタートアップ的な成長」を描ける可能性があります。既存産業のアップデートや、上場(IPO)を通じた地域への還元という選択肢を、ぜひ私たちと一緒に考えてみませんか。これらは外からはなかなか見えにくい情報ですが、直接お声がけいただければ喜んでお話しします。
これからの10年は、福岡だけにとどまらず、九州各県においてもエコシステムの回転が起こるような取り組みを行っていき、九州をスタートアップの領域でもさらに盛り上げていきたいと改めて思いました。
次回は、大分県の別府市、APU周辺へと足を運ぶ予定です。
まだ見ぬ起業家の皆様と、未来について語り合えることを楽しみにしております。
今後もβvc weekの速報はPodcastで配信していきますので、気になる方はぜひ各種プラットフォームでフォローをお願いします。
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