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なぜ福岡のVCが宮崎に新オフィスを開設したのか、“宮崎在住キャピタリスト”が語る
TSUNO Syogo2021年11月、ドーガン・ベータでは福岡オフィスに次ぐ拠点として、新たに「宮崎オフィス」を開設しました。
大きな目的は、これまで福岡で時間をかけて向き合ってきた「スタートアップエコシステムの醸成」の取り組みを他の九州エリアにも広げていくこと。そこで九州2つ目の拠点として、宮崎市を新たなチャレンジの場所に選びました。
九州の中でも、なぜあえて宮崎なのか。今回は宮崎出身であり、ドーガン・ベータ参画前は宮崎太陽キャピタルでキャピタリストをしていた津野省吾(宮崎オフィス代表)と、ドーガン・ベータ代表取締役の林龍平にその裏側を聞きました。
ドーガン・ベータ ファンドマネージャー/宮崎オフィス代表
新卒で株式会社宮崎太陽銀行に入行。支店業務を経たのちに、関連会社である株式会社宮崎太陽キャピタルへ出向し、15社への投資を含め、宮崎を中心としたスタートアップを支援。7年間の出向期間でVCやスタートアップカルチャーに魅力とやりがいを感じ、キャピタリストとしての人生を歩むことを決意。2018年4月に株式会社ドーガン・ベータにジョイン。宮崎市出身 信州大学経済学部卒
ドーガン・ベータ 代表取締役パートナー
住友銀行・シティバンクを経て2005年よりドーガンで地域特化型ベンチャーキャピタルの立ち上げに携わり、累計5本・総額50億円超のファンドを運営。2017年にドーガンよりVC部門を分社化したドーガン・ベータ設立し代表就任。2019年より日本ベンチャーキャピタル協会 理事 地方創生部会長を務める。
“福岡モデル”の再現で、南九州にスタートアップエコシステムを根付かせる
── 早速ですが、福岡に次ぐ拠点として宮崎を選んだ理由から教えてください
津野 : ドーガン・ベータでは林さんや渡辺さん(麗斗 / 取締役パートナー)を中心に、福岡で地方に根差した投資を行いながら「福岡のスタートアップ・エコシステム」の醸成に取り組んできました。
ここ数年で思い描いていたものが徐々にできつつあると感じている中で、「この福岡モデルを他の九州エリアでも再現できないか」と本気で議論するようにもなった。これが福岡以外のエリアに拠点を持つという案を検討し始めたきっかけです。
その中で宮崎を選んだ理由はいくつかあります。まずは僕自身がドーガン・ベータに参画する前に宮崎でベンチャー支援をしていたこともあって、地の利がある。
それだけでなく、宮崎には大きなポテンシャルがあると考えています。僕たちも実際にAGRISTやテラスマイルなど宮崎の企業に投資をしていますが、特にアグリテックの文脈ではユーザーや投資家から評価されるスタートアップが出てきているんです。
また2015年にZOZO(当時のスタートトゥデイ)の子会社となったアラタナ出身のメンバーが、いろいろな場所で活躍し始めてたりもする。たとえばアラタナの役員を務めていた土屋有さんは、宮崎大学で教員として学生にアントレプレナーシップの講義をされています。
彼が教えている学生さんは全国規模の学生向けビジネスコンテストで2年連続で優勝するなど、起業に関心のある人材も多い。僕も土屋先生に呼ばれて宮崎大学で話す機会があったのですが、スタートアップやベンチャー投資に興味を持つ人が増えてきていると感じました。
そういう人たちの視座をさらに上げていくことも、宮崎を選んだ理由の1つです。
── コロナ禍でリモートワークも加速していますが、このタイミングであえてリアルなオフィスをオープンされるんですね
津野 : 僕たちが投資対象としているシード期のスタートアップは、日々いろいろなハードシングスに直面します。その際に「気軽に相談できる相手が、物理的に近くにいること」が重要であると、これまでの経験則からも実感しました。
確かに時代の流れには反するかもしれませんが、あえて拠点を作り、起業家の近くにいるVCでありたい。そうすることで、南九州のスタートアップエコシステムの醸成に携わっていけたらと考えています。
林 : 実際に地方のオフィスを1箇所に統合するようなVCさんも出てきていますし、世の中の流れとしてはそちらに向かっていくと思っています。今や場所関係なく仕事ができるようになってきているし、僕たち自身も福岡のオフィスに出勤しているのは1日につき1人くらい。
だから「あえてオフィスを作ることの意味」はかなり議論したし、津野さんに毎日オフィスで働いて欲しいと思っているわけでもありません。ただ「場所があることで、できること」があるとは思うんです。
福岡で言えば、ちょうど2012年〜2014年くらい。2012年に僕たちがインキュベーション施設の「OnRAMP」を開設し、2014年には福岡市が国家戦略特区になった。スタートアップカフェのオープンも同年のことです。
僕としても、そのくらいの時期に良い投資ができた感覚があります。まさにエコシステムが動き出したタイミングですよね。
── 当時はまだ福岡にもスタートアップのカルチャーやエコシステムがなかったわけですよね
林 : その当時、福岡にVCから資金調達をしながらエグジットを目指す「スタートアップ」はまだ少なかったです。ただ、強い想いやスキルを持って集まってきた起業家はいました。
僕たちがやっていたのは、面談も重ねながら起業家たちにベンチャーファイナンスの醍醐味やスタートアップの文化を伝えていくこと。結果的に起業家の視座も上がって、良い投資ができた。そんな時期でした。
福岡モデルとして福岡でできつつあることを、もっと他の地域にも広げていかないといけないのではないか。今回の宮崎オフィスは、その第一歩になると考えています。
これからスタートアップをやりたいというアイデアや思いを持った人もたくさん宮崎にいると思っていて、そのような人たちの視座が上がるきっかけとなるような取り組みをしていきたいです。
出向を機にキャピタリストへ、「建設現場と勘違い」からのスタート
── 津野さん自身、ドーガン・ベータ入社前には宮崎太陽キャピタルでキャピタリストをされていたんですよね?
津野 : はい。もともと新卒で宮崎の第二地方銀行である宮崎太陽銀行に入行しました。そこで支店業務を6年ほど担当したのですが、結婚を機に宮崎市での勤務を希望したところ、関連会社の宮崎太陽キャピタルへ出向することになったのがきっかけです。
── 当初は自分からキャピタリストになりたくて希望されたわけではなかったとか。
津野 : 当時はVCの仕事を全然知らなかったんです。2011年だったので、今と比べてもスタートアップやVCの存在が広がっていなくて。最初に聞いた時は「キャピタル」と「キャタピラ」を勘違いして、建設現場で働くことになるのかと戸惑っていたほどでした(笑)
── それはかなりの勘違いですね(笑)
津野 : でも実際に話を聞いてみて、ものすごく興味を持ちました。ファンドを作り、ベンチャー企業に投資をして、ハンズオンで支援しながら会社の成長に寄り添っていく。自分の周りの銀行員もおそらくほとんどの人が知らないだろうけれど、「すごく面白い世界に飛び込んでしまったな」と。
結果的には太陽キャピタルに7年間在籍し、九州のスタートアップ15社へ投資をしました。前任の担当者が投資をしていたアラタナやWASHハウスなどを担当して、追加投資なども行っています。また新規のファンド設立も経験させてもらいました。
宮崎を盛り上げるためにも「井の中の蛙」ではいられない
── 2018年には次の挑戦として、ドーガン・ベータに参画されました。きっかけは何だったのでしょうか?
津野 : 7年間という期間は銀行員としては珍しく、長期滞留とも言われたりします。僕自身もそろそろ銀行に戻る可能性があるというタイミングでした。
太陽キャピタルでベンチャー投資を続けていけば「地元の宮崎を盛り上げたい」という思いを実現できると思っていた反面、自分のレベルや視座を上げるためには一度外に出て、多様な経験を積んだ方が良いのかもしれないとも考えていたんです。それをいろいろな人に相談していました。
── 投資方針の転換なども影響があったとか
津野 : そうですね。太陽キャピタルは宮崎太陽銀行の関連会社なので、やっぱり投資対象の中心は宮崎の会社になります。でも個人的には宮崎はもちろん、それ以外の九州の企業に対しても投資をしていきたい気持ちがありましたし、それがナレッジの蓄積になるとも考えていました。
特に成長スピードが他とは全く違うような企業は、どのようにして実現しているのか。それを直接見ることで、宮崎にも還元できるものがあるはずだと。
── なるほど。それもあって一度外に出てみることを決断されたんですね
津野 : 東京証券取引所 上場推進部の宇壽山さんという方に相談したところ、「ちょうど明日ドーガンの林さんに会うので、伝えておきますね」と言われまして。実際に翌日、すぐに林さんから連絡をいただき、自分がやりたいことやドーガン・ベータが取り組んでいること、これから計画していることなどをお互いに共有しました。
太陽キャピタル時代にアラタナやウミーベなど共通の投資先があったので、林さんや渡辺さんの人となりもある程度は知っていて。その上で僕もドーガン・ベータで一緒にチャレンジしてみたいなと思ったし、何か貢献できることもありそうだと感じたので、ジョインすることを決めました。
── 最初は偶然VCの道へと進むことになった津野さんですが、その頃にはキャピタリストの仕事にのめり込んでいたんですね
津野 : 振り返ると、 太陽キャピタルでアラタナのような成長まっただ中のスタートアップに携わるようになったことが大きかったと思います。
銀行員時代の取引先はいわゆる「オールドエコノミー」と呼ばれるような、オーナー経営者がトップダウンで推進していく昔ながらの中小企業が多かった。それももちろん魅力的ではあるのですが、起業家を中心にチームのメンバーが意見を出し合い、スピーディーに事業を作っていくスタートアップのカルチャーを見て「こんな世界があるんだ」と衝撃を受けたんです。
── たしかにアラタナさんは東京のVCや事業会社などからも資金を集めていて、勢いがありましたよね
津野 : あとはコインランドリーのフランチャイズ事業を手がけているWASHハウスのIPOを経験できたことも貴重な体験でした。宮崎では13年ぶりのIPOだったのですが、IPOを機にそれまで以上に優秀なメンバーが集まってくるようになったんです。
宮崎からこうした企業が増えていけば、県の活性化にもつながります。
僕が学生だった頃は、宮崎で就職するとなれば銀行や新聞社、公務員などが代表的な選択肢でした。もちろん今は良い企業が他にもありますが、魅力的な選択肢が増えれば、宮崎に帰ってくる人や移住して就職しようと考える人も増えていくはず。これはドーガン・ベータが大事にしている、「ベンチャー投資を通じて地方に雇用の多様性を作る」という考え方とも合致するところだと思います。
そのためには自分自身もずっとぬるま湯に浸かっていて、井の中の蛙のようになってはいけない。気持ちが切り替わったことも、新しいチャレンジを考えるきっかけになりました。
── 実際にドーガンにジョインされてからはいかがですか?
津野 : ドーガン・ベータにジョインしてからは九州内外の幅広い領域のスタートアップに投資をさせていただいています。
たとえば心疾患診断アシスト機能が付いた聴診器を開発するAMIや、建築業者向け施工管理アプリを開発するダンドリワークなど、魅力的な企業とご一緒する機会をいただきました。
成長フェーズはそれぞれ違いますが、投資先の支援にコミットすることで、様々な気付きや学びを得ることが出来てると実感してますし、引き続き、起業家のバックグラウンドや地域の特性を生かした事業を行う熱量高いスタートアップに関わっていきたいです。
宮崎に「起業家やサポーターの視座が上がるコミュニティ」を
── 最後に宮崎オフィスでどんな活動をされていくのかを伺いたいのですが、そもそも宮崎にVCのオフィスができるというのはかなり珍しい事例ですよね?
林 : 少なくとも僕たちの知る限り、独立系VCの拠点としては宮崎県の中で初めてだと思います。南九州においても、おそらく初になるんじゃないかな。なので僕たちとしても最初のチャレンジです。
起業家の視座を上げていくという観点では、オンラインイベントなどだけでは難しいかもしれないと感じているので、宮崎オフィスではイベントやコワーキング、投資先との共同オフィスのように多目的で使っていくことを想定しています。半分はオフィス、半分は開放的なスペースといったかたちです。
── 起業家に限らず、スタートアップに関心がある人が集まる場所のようなイメージでしょうか?
林 : まさに起業家もそうだけど、そこに関わっていく人を増やしていきたいんです。たとえば宮崎大学の学生さんがスタートアップファイナンスに興味を持ったとしても、生の教材や直接体験できる場所がなかなかない。
オフィスを作ることで、エコスステムに携わる起業家以外の人材やサポーターとなる人たちの視座も上げていける可能性があると思っています。face to faceだからこそやれることもあるはずなので、ぜひインターン生とかも募集したい。
実際に宮崎の投資先も増えてきていて、テラスマイル、AGRIST、ひむかAMファーマ、ベジオベジコとすでに地方都市では福岡の次に多いんです。
── かつての福岡がそうだったように、スタートアップやベンチャーファイナンスに馴染みのなかった起業家の人たちの接点ができると、さらに面白い事例が生まれていきそうですね
林 : まさにそうですね。スタートアップの存在を知らないけれど、実はVCから出資を受けることで面白くなるような企業もたくさんあると思います。そういう起業家の人たちとの出会いの場にしていきたい。
津野 : 資金調達の選択肢としても銀行融資かクラウドファンディングしか知らないという経営者も多いので、エクイティファイナンスのナレッジも共有していきたいです。
── 宮崎オフィスでは具体的にどのような取り組みを進めていくのでしょう?
津野 : 先ほどから話にも出ている通り起業家や、スタートアップに関心がある社会人や学生さんにとって視座が上がる場所であり、コミュニティにしていきたいですよね。
そのための勉強会も定期的に開催したいですし、宮崎にスタートアップがあることをいろいろな人に知ってもらえる場所にもしたいです。そもそもスタートアップのカルチャーを知らない方も多いので、投資先の起業家と一緒にイベントなども開催して、まずはスタートアップを知ってもらうことにも取り組みたい。
林 : オフィスには屋上があるほか、屋内にも自由に使えるイベントスペースがあるので、これを最大限使っていきたいと考えています。僕たちも投資先が増えてきているので、これから起業にチャレンジしたい人と、すでにチャレンジしている人たちをつなげる場所を作ったり。オフラインならではの取り組みをやりたいですよね。
── 宮崎にスタートアップエコシステムが根付く可能性はありそうでしょうか?
林 : 論理的ではないですが、宮崎には太平洋的な雰囲気があって、リスクをとって挑戦する人を応援する、心の広さや発想の自由さがあると感じています。その点ではシリコンバレーに似ている部分もあるかもしれませんね。
津野 : 一方で、今やらないと手遅れになるかもしれないという危機感も少しあるんです。コロナで観光業や飲食業が打撃を受けたこともあり、新しい産業を県内で作っていかなければいけない。
福岡でも10年ほどの時間がかかったわけですし、早く始めるに越したことはないですよね。少しずつスタートアップの土壌も生まれてきていますし。
宮崎の活性化ということを考えても、ゆくゆくは宮崎からグローバルで戦えるような企業を一緒に作っていきたいと思っています。
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