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優先株がVC投資のデファクト・スタンダードになったワケ

こんにちは、ドーガン・ベータの渡辺です。DOGAN beta labではこれまで資本政策や投資契約など、スタートアップの投資実務に関するポストをいくつかしてきました。しかし、その根本である「株式」についてはまだ触れたことがなかったことに気づきまして、今回はそのなかでも今やほとんどのスタートアップが採用する「優先株式」について取り上げたいと思います。シード期に種類株式を発行する機会は減ってきたので、どちらかというとシリーズA以降の話題です。

そもそも、日本では優先株式を使った投資はまだ定着して10年程度の歴史であり、かつては普通株式での調達が主流だったこともありました。本稿では、普通株式との違いやなぜ優先株式が主流となったのか、また抱える問題点や今後の展望についてまとめていきます。

投資家と起業家で利益が相反する内容もあるのですが、つとめて中立的に書きました。それでも拭いきれないバイアスがかかっていることもあるかと思いますので、お気づきの点は是非ご指摘下さい。本稿がより良い投資実務に貢献できれば幸いです。

渡辺麗斗 (わたなべ れいと) @teliot_
ドーガン・ベータ 取締役パートナー
静岡県静岡市出身。神戸大学在学中に「金融の地産地消」を実践するドーガンにインターンとして参画し後に入社。2017年にドーガン・ベータとして独立し現職。地域にスタートアップ・エコシステムを根付かせるにはどうすべきかを考えるのがライフワーク。漫画と生クリームが好き。起業家と雑談をするポッドキャスト@FlatChatJP 始めました。

(耳で聴きたい方はPodcastの該当エピソードも併せてどうぞ。)

普通株式と優先株式

さて、スタートアップは株式会社の形態を取ることが多いのは皆さんご存知の通りです。これは株式会社の特徴である「株式」によって所有と経営が分離できるという特徴とともに、その株式の「種類」を様々に作ることができるのが非常に便利だからという理由があります。(会社という形態は他にも合同会社などいくつかの形が存在しますが、そのどれもが株式会社ほどフレキシブルに所有と経営をデザインすることができません。)

また、近年の資金調達においてはJ-KISS(新株予約権)やみなし優先株式(内容変更前提の普通株式)などいくつかの手法が生まれていますが、最終的には多くのVCが優先株式を保有することになります。しかし、この優先株式というものは明確な定義がないことはご存知でしょうか?

株式会社は様々な種類の株式を作ることができるというのは先述の通りですが、これは会社法第108条にその旨が規定されており、一般的には「種類株式」と呼ばれています。同条文のなかで種類株式は9つの項目に関して普通株式とは異なる内容を定めることができるとされており、例えば議決権に関する事項(同条1項3号)や種類株主総会での拒否権(同条1項8号)などが提示されています。この中でも特にスタートアップにおいて重要なものが、同条1項2号に定めている「残余財産の分配」に関してであり、普通株式よりも優先的に分配を行う規定を設けることから、通称「優先株式」と呼ばれているのです。(もちろん、その他内容について特別な定めを行うこともあります。) 逆に、分配や配当を劣後させるような内容の株式を「劣後株式」と呼んだり、議決権を制限するものを「無議決権株式」と呼んだりするのですが、これは聞いたことのある方も多いのではないでしょうか。

要するに、株式会社の特徴である「異なる種類の株式」を作ることができることによって、普通株式ではない「種類株式」という分類があり、その中に色々な条件が付された「優先株式」や「劣後株式」といった通称の株式があるということです。

それでは何故この優先株式というものがスタートアップでは良く使われるようになったのでしょうか?

優先株式はVCにとって有利な内容?

ここで、まずは優先株式についてのタームシートの交渉が行われる際に出てくる変数を整理します。仮にA種優先株式を新たに発行するケースを想定すると、優先順位、優先倍率、参加型/非参加型、そしてバリュエーションが主な論点となります。(形式上その他の種類株条件が付くこともありますが、普通株式であった場合でも投資契約等で別途定めることも多いものがあるため、今回は論点として省きました。)


優先分配というのは、「残余財産の分配」が行われる、つまりM&A等でのイグジットを投資家が迎えたときに、どのようにして各株主にその果実を分配するのかというのを定めているのです。
一般的な優先株式の設計では、上図の通り「1倍・参加型」という形態を取る事が多く、また優先順位は後に発行したものが優先または同順位というものが混在している印象です。

では具体的に下記のようなケースで、分配割合はどのようになるのでしょうか?

・S種優先株式 0.8億円分 発行済
・A種優先株式 2億円をPost 20億で調達中
・優先株は普通株に分配優先
・S種とA種は同順位で分配
・優先株は1倍参加型

上から順に、A種優先株主、S種優先株主、創業メンバーの取り分(%)を可視化している

こちらの図は、横軸にM&A時の株式時価評価額を、縦軸にそれぞれの株主が分配額の何%を得ているのかを図示したものです。まず累計調達額を超えるまでは、S種/A種それぞれに一定割合で分配が行われます。累計調達金額である2.8億円を超えるM&Aになって初めて優先株主は投資金額以上のリターンを手にし、普通株主に対しても分配が始まります。しかし、この時点では分配額の大多数は優先株主が受け取る形となっており、本来は75%程度の割合を保有する普通株主は、A種株式の際のバリュエーションである20億円で売却が行われた時でも63%程度が分配されるにとどまる形となっています。

要するに、優先株式というのはM&Aの際に優先株主/優先株式を保有する株主がより多くその恩恵を得られるという設計になっているということです。

優先株式は、IPOを目指す企業がM&Aによってイグジットを迎える際、多くのケースでは株式時価総額がIPOイグジットを迎える場合に比べて小さくなってしまうことから、イグジット時のダウンサイドシナリオのリスクを低減するという効果から選択されてきました。そのため、投資家としては、スタートアップがIPOをする可能性がある程度低いと考える場合においても一定のリターンを期待できるという意味で非常にリーズナブルな投資手法ということになります。

また、これは近年聞くことがなくなりましたが、高いバリュエーションをつけて投資を実行したものの、直後にそれを大きく下回る株価で事業売却を行うといったエージェント問題を回避する副次的な効果もありました。(普通株式での投資をした場合、このシナリオでも起業家は大きな利潤を得ることが可能でした。)

では、優先株式はこのように投資家のリスクを低下させるために、起業家にとって不利な条件を押し付ける形で広まってきたのでしょうか?

起業家が、それでも優先株式を選択する理由

一つのケースとして、起業家側が優先株式ではなく、普通株式での投資をVCに持ちかける場合を想定してみましょう。優先株式でしか投資をしたくない、と断られてしまうこともあるとは思いますが、それでは話が先に進まないのでゴリ押しできたとします。

投資家側としては、優先株式によって得られるメリットは「ダウンサイドリスクの低減」が主な理由でした。では、普通株式で同等程度の果実を得ようとするとどうなるでしょうか。

一般的にはリスクというのは期待リターンとセットで検討されます。優先株式によるリスクの低減が得られない場合、取れる選択肢としては期待リターンを上げるというのが自然と選択されることになるでしょう。ベンチャー投資において期待リターンを上げる方法はいくつかありますが、今回のように株式の種類以外すべて同じシチュエーション(Ceteris Paribus)であった場合は、バリュエーションを下げるしか方法が残されていません。要するに、普通株式を選択した場合、バリュエーションの交渉が難しくなるということです。
更に、早期M&Aの際のエージェント問題を回避しようとすると、実質的にすぐにM&Aを行われた際にどういった株価評価になるのかといった売買想定時価総額が比較対象に出てくることもあり、シードからアーリーフェーズのスタートアップにとっては非常に難しいというのが実態ではないでしょうか。(M&Aに関しては事前承諾とするなど投資契約等でリスクヘッジが可能ではあるので主要な論点にはならないことが多いですが、投資契約がより厳しくなる可能性が高いです。)

先の例に当てはめた場合、例えば2億円の調達を考えていたとすれば希薄化の割合は優先株式であれば10%で済んだものが、普通株式の場合には25%となる可能性もあるということです。ここまで極端な例にはならないだろうと思われるかもしれませんが、シードからアーリーフェーズは多くの場合足元の業績以上に高いバリュエーションが優先株式についていることが多く、より足元の実態が反映されやすい普通株式での交渉には起業家持ち分の希薄化とトレードオフになりやすいということは伝わったかと思います。

また、普通株式での調達と優先株式での調達をミックスした株主構成となった場合、M&Aの価格交渉を株主と一枚岩になって行うことが難しくなることも想定されます。優先的に分配を受けられる株主がいる一方で、その残りを分配すると損をする株主も出てきてしまう可能性があるからです。これは「参加型」の弊害でもあるのですが、優先株式のみで調達をする必要性がより強くなる理由の一つです。

株式というのは、このようにリスクとリターンをうまくバランスさせるための技術とも考えられ、クラスを分けることによって異なるリスクの取り方をする株主を同じ目的達成のために適切に利害調整可能にする手法であるとも捉えられます。

学問的には「事業にフルベットしている起業家」と「分散投資が前提のVC」ではリスクへの暴露度が違うため、必然的に起業家がより高い割引率で事業にコミットしている、つまりより高い株式シェアを持つということが正当化され得ますが、国内の税務上は1物2価と捉えられるリスクも高く、株式の種類自体を分ける方法が最も適切であると私は考えています。

同様の論点として、ストック・オプション(一般的には普通株式を取得する権利)の行使価格をより低廉にするために、まさにこの1物2価の議論を避ける目的で優先株式を使う実務が取られてきたという背景もあります。

つまり、優先株式というのは起業家にとってバリュエーションの交渉をより有利にし、またストック・オプションを含めた役職員へのインセンティブ設計においても非常に意味のある手法であるということです。(特に近時のSO税制の基準明確化によって、より優先株式発行時のスタートアップではSOの切れ味が増すことが期待されています。)

優先株式は今後も業界のスタンダードでいられるのか?

一方で、業界標準になりつつある「1倍・参加型」の優先株式はいくつかの問題も抱えています。

間接的な発行コスト

そのうちの一つが、発行・運営コストの問題です。優先株式は様々な形態が可能であるがゆえにチェックすべき内容が多く、また登記実務でも普通株式に比べて手間がかかるなど、取引コストが余分にかかる構造になっています。また、法的には種類株式毎に株主総会を開催する必要がある(すべてではないものの多くの決議事項は開催を省略することも可能ですが)など、発行後の株主総会運用の実務でも管理運営コストがかかります。特定の種類株主総会に株主が1人しかおらず、潜在的な拒否権のリスクが生まれることもありました。

シード期のスタートアップほど限られた資金を事業推進に使いたいというなかで、この取引費用は無視できない水準でもあります。そういった背景のもと、J-KISSのような契約内容が既に公開された手法(追加の法務費用がかからない)や、みなし優先株式のように登記・運営コストを最小化するような手法(普通株式の実務と同等の費用で運用可能)が生まれてきました。伝統的には、転換社債や転換価格を変更可能にしたMSCBといった俗に言うコンバーチブル・ボンドなども間接的なコストを低下させる手法として使われたこともあります。今回は趣旨から逸れるので触れませんが、これらの手法についてはまたいずれ取り上げたいと思います。

「参加型」の是非

また、「参加型」が優先株式のデフォルトとなっている問題にも触れておきたいと思います。「参加型」というのは簡単に言ってしまえば、優先株式の1倍優先分配が終わった後も、株式のシェアに応じて残りの残余財産の分配にも参加できるという権利を持つということです。これは優先株式の根幹をなすもので、これがあるが故に優先株式のバリュエーションを(IPO時の期待リターンをより意識して)高くつけることが可能となっていた側面はあるものの、適切なバリュエーションが行われにくくなるというデメリットも存在します。累計調達金額が大きくなると、起業家や場合によっては初期に投資をした投資家の取り分が過小となってしまうこともあります。

一方、「非参加型」という、端的に言えば投資額1倍の優先分配を受けたあとはそれ以上リターンが生まれないという手法を使うのが良いかというと、そんな単純な話ではないのが難しいところです。どんなに成功しても投資金額以上に儲からないというのであればリターンが限定的にも見えるのですが、種類株式を普通株式へと転換する権利を優先株主は保有しているので、普通株式に転換をして持ち分に応じた分配を受けたほうがメリットがある場合は優先株式の権利を放棄するという選択肢も取ることもできます。この場合、一見すると起業家がより有利に見えるのですが、これは普通株式でのラウンドを強行した場合と同様にバリュエーションの交渉が難航するリスクも抱えているわけです。

調達環境やイグジットの規模感が全く異なるので単純比較はできませんが、米国では「参加型」の優先株式での調達は稀なケースであるという調査があります。日本においてはその逆で、多くの優先株式は「参加型」として設計されてきました。これからの投資実務を考えるなかで、ユニコーン企業のようなIPO時に数千億の時価総額を目指すスタートアップは勿論のこと、逆にIPOを目指さないような起業のあり方に対しても、画一的に「参加型」をスタンダードとすべきであるのか、というのは論点として考える必要があると思っています。

たった10年程前、優先株式やJ-KISSといった投資手法は生まれてもいないか、主流ではありませんでした。エコシステムの参加者が現状を良く考えながら互いのことを尊重した結果として今のデファクト・スタンダードがあります。その意味でも、今の主流がそのまま将来に渡って使われると思い込まず、常にその時々に適当な方法を考えていけると良いですね。

種類株式の設計は多様

さて、今回は種類株式、そのなかでも特に優先株式について考えてきました。様々な種類があるということで株式会社マニアの方はもっと色々な手法があり得るのでは?と興奮したかと思いますが、一方でデファクト・スタンダードの良さもある訳です。

事業が定まっていなかったり、チームも組織もこれからといった、まだまだコアの不確実性が大きい企業であれば、手法によるリスクはなるべく取らないように、というのも一つの定石だなと思います。シード期においてはまずはJ-KISSやみなし優先株式のような「株式」の多様性を将来に繰り延べられる方法を選択しつつ、株式の種類設計でリスクを取れる体制になった後に、市況や投資家とのコミュニケーションのなかで多様な調達手段にチャレンジする。それが将来のスタンダードになっていく。というのがスタートアップ・エコシステムの理想的な姿かなと。

また、近年は暗号資産のトークンを活用した資金調達でも多くの試行錯誤が行われており、株式とは違った形でリスク・リターンを制御できる可能性のある非常に面白い変化も起こってきました。
そういった事を考えるのはとても好きなので、種類株式や新しい調達手法のあり方について議論したい方は是非ご連絡下さい。

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