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「組織も根っこが大事」山を登りながら考えた、スタートアップが地方で成長するための組織づくり
WATANABE Reito2015年、登山地図GPSアプリ「YAMAP」を提供する株式会社ヤマップがB Dash Campのピッチアリーナで優勝したことは、福岡スタートアップ史における重要なイベントの1つ。そこから7年後の2022年、同じく福岡発のスタートアップ、現場で働く人のワーキングクラウド「SynQ(シンク)」を提供する株式会社クアンドが優勝を果たしました。
ヤマップが100人規模の組織に成長していくまでの人事や採用について、クアンドの下岡さん、ドーガン・ベータの渡辺も交えながら春山さんに伺いました。鼎談のフィールドは福岡県糸島市、糸島平野を見下ろす標高954.5mの雷山。シリーズAを目指すフェーズのスタートアップにとって必見の登山ログを、雰囲気そのままにお伝えできたらと思います。
株式会社ヤマップ 代表取締役CEO yamap.com
1980年、福岡県春日市出身。同志社大学法学部 卒業。アラスカ大学フェアバンクス校野生動物学部 中退。株式会社ユーラシア旅行社『風の旅人』編集部勤務後、独立。 ITやスマートフォンを活用して、自然や風土の豊かさを再発見する仕組みをつくりたいと思い、2013年3月にYAMAPをサービスリリース。アプリのダウンロード数は、2023年1月時点で350万ダウンロードを超え、国内最大の登山・アウトドアプラットフォームとなっている。
株式会社クアンド 代表取締役CEO quando.jp
福岡県北九州市出身。九州大学/京都大学大学院卒業後、P&G、博報堂コンサルティングを経て2017年に地元福岡にUターン、株式会社クアンドを創業。製造業・建設業などの現場向け情報共有プラットフォーム「SynQ(シンク)」を開発。 2022年 ICCサミット KYOTO SaaS カタパルト、B Dash Camp Fukuoka ピッチアリーナで2冠優勝。
株式会社ドーガン・ベータ 取締役パートナー
1990年、静岡県静岡市出身。神戸大学在学中に「金融の地産地消」を実践するドーガンにインターンとして参画し後に入社。2017年にドーガン・ベータとして独立し現職。地域にスタートアップ・エコシステムを根付かせるにはどうすべきかを考えるのがライフワーク。漫画と生クリームが好き。
初期の組織づくりの重要性
渡辺: クアンド、B Dash Camp(以下、B Dash)のピッチアリーナ優勝おめでとうございます。ヤマップも2015年にグランプリを獲得し、成長にはずみをつけましたよね。
下岡: ありがとうございます。 ICC(SaaS RISING STAR CATAPULTで優勝)やB Dashを機に資金調達なども前に進み、プロダクトのユースケースもだんだん溜まってきました。これから組織を拡大しアクセルを踏むタイミングになります。
春山: ヤマップもB Dash Campのグランプリ獲得前後で組織を拡大していきました。いわゆる「20人の壁」を超える経験をしたのもその頃です。下岡さんはいま人事にどれくらい時間を割いてますか?
下岡: 今クアンドはフルタイムのメンバーが13名、業務委託含めると25名程度を超えてきたところで、時間としては毎日1時間、月でいうと1~2割程度を費やしているイメージです。
春山: なるほど。私の場合はもっと多いです。拡大期ではCEOの時間の5割以上を人事に割いています。今は100人規模の組織になりました。創業初期に比べると、人事制度や採用などある程度の基盤ができ、落ち着いてはいますが、それでも常に3割程度は人事に時間を使っています。
渡辺: 3割も。ここでいう「人事」とはどの範囲を指しているんですか?
春山: 人事の仕事を大きく分けると2つです。採用と評価制度も含めた組織づくり。最初の20人までの採用でいうと、ヤマップはテクノロジー企業なので、ほとんどがエンジニア採用でした。
下岡: クアンドも一緒で、エンジニアが軸の組織ですね。エンジニアの採用は非常に大事だと思っています。加えて、エンジニアだけではなくプロダクトチームとしてUI/UXデザイナーやCSなど、プロダクトの価値を上げるチームづくりを優先してきました。
春山: ソフトウェアを軸とした企業では、自分たちの組織内で開発を行うのは必須条件です。顧客からのフィードバックを受けて、すぐにプロダクトへ反映する必要がありますから。また、立ち上げ期のスタートアップでは、外的要因でダメになってしまうことはほとんどなくて、内的要因でダメになるケースがほとんどです。ここでいう内的要因とは、採用を含めた組織・チームづくりです。地味なのであまり表立って言われることはないかもしれませんが、CEOの一番大事な仕事は採用、組織づくりといった人事関連といっても過言ではないと思っています。
下岡: 初期の採用はどのように行ってきましたか?
春山: 起業してから3〜4年間くらいは、私が最初に面談していました。また、既存メンバー全員から「OK」が出なければ、採用していませんでした。どんなに優秀な人であっても、カルチャーフィットしなかったり、既存メンバーとの相性や関係性がうまくいかなさそうな人の場合、採用を見送っていて、そのスタンスは今も継続しています。
渡辺: 急いで採用を行うリスクが高いとはいえ、採用が遅れて事業の進捗が出ないことも怖くなかったのですか?トレードオフがあるというか。
春山: 急いで採用をして失敗した時の負のインパクトが大きいので、トレードオフと考えたことはないです。起業して初期にやるべきことの大事な領域が、組織づくり。組織づくりとは、木でいう土壌や根っこの部分です。土壌が痩せると中長期的に成長しなくなってしまいます。
下岡: 私も長期的な視点は大事であるとは理解しつつも、会社として目の前のマイルストーンを越えないと次がないので、どうしても短期の結果を優先してしまうこともあるように感じます。具体的な例でいうと、PMFをしてシリーズAを迎えるためにプロダクトの機能開発を優先させ、人事評価制度や採用プロセスの確立など組織強化のためのアクションが後手になることへの葛藤ですね。
春山: どの目線で人事領域を考え、実行するのかが大事です。経営は基本的に長距離走。短距離走の数セットを繰り返すというよりは、チームで、長距離を短距離走のスピードで走り続けるようなイメージです。そのため、長距離を走れるチームが、今の段階でつくれているのか。その点をCEOが意識し、チームづくりにコミットしていく必要があります。
渡辺: そのあたりは我々VCとしても考えさせられるものがありますね。VCの投資ロジックとしては、どうしても次のファイナンスまでに達成すべきというマイルストーンを考えてしまう。これを起業家に強要する、あるいは過度にプレッシャーを与えてしまうことが、長距離走を想定した人事の目線を霞ませてしまうなと。
非エンジニアCEOが直面するプロダクトマネジメントの課題
春山: 短距離、中距離、長距離、CEOがやるべきなのはどの時間軸も考慮した上での意志決定です。
下岡: クアンドはPMFの前後ぐらいのタイミング。いまのユーザーの課題やプロダクトとして必要なものは見えているし、長期的なプロダクトVISIONはあるのだけども、その間を繋ぐ中期的な戦略やロードマップが明確に描けていないと感じています。ヤマップではどのくらい先を見ながらプロダクト開発をしているんですか?
春山: 2〜3年スパンのプロダクトロードマップを描いています。
下岡: これまでは数人のエンジニアと直接話しながらテンポよくプロダクトを開発してきたんですが、最近は開発スピードを上げるためエンジニアの採用に力を入れています。自身ががっつりコードを書いていないということもあり、エンジニア組織を自分では全て見れないということで悩んでいて。
春山: 個人ががむしゃらに開発するフェーズから卒業する時期に来ているのかもしれません。クアンドは顧客が増え、要望が多く出てきている時期でもありますよね。そんなとき、開発の土台がしっかりしてないと、セールス側の要望にプロダクトの開発方針が振り回されることになりかねないです。
下岡: たしかに。特にクアンドのプロダクトであるSynQ Remoteは、使われるユーザーの業界・業務が多岐に渡るので、誰に何を届けるかを選択することは重要な経営の意思決定です。そのような意思決定やプロダクトマネジメントについて、どこまで春山さんは関与していましたか?
春山: YAMAPはC向けプロダクトということもあり、ずっと関与しています。サービス立ち上げの初期から現在まで、プロダクトの開発方針や開発内容はメンバーと話し合いながら一緒に決めてきました。ただ、組織が20人を超えてきたあたりから、私やCTOの二人だけでプロダクトマネジメントすることに限界を感じ、Product Management(PM)専任のメンバーを社内から募り、PMになってもらいました。CEOやCTOだけでなく、PM専任メンバーがプロダクトをマネージメントするようになって、経営と現場の目線がより合うようになった実感があります。
下岡:PMは非常に重要なポジションだと考えています。 ただ、顧客・ビジネス・開発のすべてを理解してプロダクトマネジメントできる人材はなかなか地方にはいない。いまはコードがバリバリ書けるエンジニアに一部PM的な仕事をしてもらっていますが、本当は強みを活かしたポジションで働いて欲しい。
春山: そうなんですね。エンジニアのキャリアには大きく分けて2種類あって、技術やコードを極めていく専門職タイプと、エンジニアメンバーをマネージメントしながら、戦略や開発の上流に関わっていくタイプ。後者のタイプを目指すメンバーは、プロダクトマネジメントに向いていると思います。
下岡: ヤマップの場合、PMは外部から連れてきたのではなく、内部から引き上げたんですね。
春山: 最初のPMメンバーは、内部から募り、PMとしてジョブチェンジをしてもらいました。とはいえ、私やCTO、PMメンバーも経験があるわけではありませんので、別の企業がどのような形でプロダクトマネージメントを行っているのか、会社訪問させていただいたり、CTO Nightのようなイベントに参加して知見を深めたことは、とてもよい経験でした。
渡辺: そのようなイベントに参加することで、体系的にやるとはどういうことかとか、エンジニアリングは開発することだけじゃない、といったことを肌で感じることができますよね。色んなタイプのCTOが情報共有をしていて、様々なケースを溜め込むことができるのも、そういったコミュニティの良いところだなと。
地方企業は採用が難しい、を超えていくために
下岡: ヤマップもクアンドも地方発スタートアップ。クアンドもコロナ渦を機にフルリモートに切り替えましたが、初期は福岡移住が前提でした。ヤマップも初期は福岡移住前提で採用を進めてきたと思います。採用の場面においてやってきた工夫などはありますか?
春山:採用に関しては、居住地を問わず声を掛けてきました。ですが、福岡への移住は、ハードルが高い。そんな中でも、カジュアル面談を行って採用プールをつくったことは採用施策でうまくいった施策の1つかもしれません。「興味はあるが今すぐは厳しい…」というような方とコミュニケーションを取り、関係性をつくっておくことで、採用候補者の母集団を地道に増やしていきました。
渡辺: 採用候補の母集団はやはり東京中心ですか? 福岡でそのような人は多くはなさそうだなと。
春山: おっしゃる通り、福岡だけで母集団を増やすのには限界があります。当時からフリーランスの方は地方にある程度の数はいました。ですが、フリーランスの方々は組織に所属することへのモチベーションが低いので、実際に採用にまで繋がることはほとんどなかったですね。
渡辺: なるほど。福岡にいる人だけを採用するのは現実的じゃないのですね。関東を中心に他地域の人材をどうやって採用していくか。あらゆるスタートアップが経験する課題ですね。
下岡: 私たちは「地域産業・レガシー産業のアップデート」というミッションを掲げつつ、福岡で圧倒的な存在になれば、福岡で働きたい優秀層は採用できるのではないかと思っています。家庭の事情やプライベートの充実のために福岡で働きたいと思っているけど、同時にキャリアも落としたくない、そう思っている人たちは多いと思う。福岡にいながら東京のスタートアップと遜色ないビジネスを展開し、成長できる環境を用意することが大事だなと。
渡辺: ミッションと業績の両軸ですね。ヤマップでは「地球とつながるよろこび。」をパーパスに掲げましたよね。
春山: パーパスを掲げて、もっともその効果やインパクトを実感するのは、採用の場面だと思います。パーパスを掲げることでそのパーパスに共感する方が応募してくれるようになります。当たり前と思うかもしれませんが、これはとても重要なことなんです。会社が実現したい世界と自分がやりたいと思うことが重なっている人ほどモチベーションの高い人はいませんから。そういう自律・自走する組織をつくるためにも、パーパスという旗を立てることは大事だと感じています。
下岡: クアンドでも会社は「船」だと伝えてます。船の行き先や航路が変わることもあるし、乗組員(社員)が行きたい場所が変わる事もある。それが一致しなくなったら一緒にいるべきではない。ただ、この船で身に着けた経験や知識を使って、どの船(会社)でも活躍できる人になって欲しいと思ってます。ヤマップはパーパスへの共感以外での採用はあるんですか?
春山:ヤマップの事例だと、パーパスに共感していない人の採用はほぼゼロだと思います。One of themでヤマップを選ぶのではなく、ヤマップに入りたいという思いのある方だけを仲間にしています。そもそも、パーパスへの共感度が低い人は、定着率が高くないと感じます。
渡辺: それは地方スタートアップならではの強みなのかもしれないですね。One of themで選ぶ、みたいなものはスタートアップ業界でも増えてきている実感があります。だけど地方発スタートアップは「移住」という大きな決断を伴うことも多く、結果的に強い思いやパーパスで繋がったメンバーだけでチームアップができていることが多いなと。
組織や事業の拡大と共に変わっていくこと、変わらないこと
下岡: ここまで人事や採用について色々話を伺いましたが、結論、どの時間軸で物事を捉え、考え、行動できているかが重要だなと感じました。私は超えるべきマイルストーンもあり、少し短期的に考えていたなと気づきました。
春山: 会社のフェーズが変わるときこそ、短期と長期の両方で考えることが大切です。また、成長スピードが上がってくると、今までの延長で事業や組織を考えるのではなく、自分たちはこうありたいという理想から、バックキャストで考えることが有効だと感じています。そのとき、CEOを含め社内メンバーの多くが、人事や採用が今まで以上に重要になってくることを自覚しているかどうか。そこに、事業成長の鍵がある気がします。
下岡: 事業拡大とともにチームの人数が増えてくると、自分で見れる範囲の限界もくるし、会社やチームの問題について共通認識をとりにくくなっていくんだろうと思います。
春山: そういう意味では、KPT(Keep Problem Try)など振り返りの機会を積極的に取り入れることは今のスタートアップには必要だと思います。個人の振り返りを1on1でやるように、チームの振り返りをKPTでやる。圧倒的な成長を目指すスタートアップだからこそ、10歩進んでは立ち止まる、場合によっては2,3歩戻る判断が必要です。振り返りの機会がないと、抱えている問題点を放置したまま組織が肥大化してしまう危険性があります。組織の課題に関しては、顕在化する前に予兆をつかみ、早めに手をうっておくことが大事です。
下岡: たしかに。これまでは人数が少ないこともあり、振り返るよりまず進むという意識が強かった。組織の拡大をすればマネジメントの難易度も上がりますが、採用を進めてあらゆる仕事を現場に任せていく必要がありますね。
春山: 経営や戦略は、経営陣や戦略に携わるメンバーが時間をとって考える。戦略を実行するHOWの部分は現場に任せる。事業の拡大に応じて、CEOを含めた経営メンバーの役割とタスクを変えていかないといけないと思っています。
その点においてOKR(Objectives and Key Results)は非常に強力なツールです。ヤマップにとってOKRは、戦略全体を見渡して、現在位置を確認する地図のような役割をもっています。20人を超えてくると、メンバーの立場ややっている仕事によって、見ている景色が異なってくることがあります。会社が何を目指し、チームが何を目標にし、メンバーそれぞれがどういう役割を担い仕事をしているのか。それらを可視化する方法として、OKRはかなり有効だと思います。
渡辺: あらゆる変化とそのせいで生じるズレを感じ始めるタイミングが「20人の壁」ということですね。
春山: そうですね。20〜30人を超えてくると、CEO1人で全員とコミュニケーションをとることが難しくなってきます。様々な外部変化に対応しながら、事業を成長させていくためにも、OKRのような方法で目標、目的、戦略の理解と認識を合わせることが大事になります。
会社経営は、サービス開発と組織づくりなどの人事、2つの軸がありますよね。昨今、リモートワークの広がりも含め、マネジメントの難易度が格段に上がってきていると感じます。その意味で、シリーズAからシリーズBの頃の会社経営の舵取りは、経営者の思いや熱意、成長が求められる時期かもしれないですね。
下岡: クアンドは「個の集まり」から「チーム・組織」に変わるタイミングだと感じています。プロダクトとしてはPMFが見えてきたので、山登りの地図を作ってチームで同じ認識を持てるようにしていこうと思います。今日はありがとうございました。クアンドがこれからチャレンジしていく壁に関して、靄が晴れたような気がします。
春山: ありがとうございます。地方では、経営やマネジメントに関するノウハウの共有がぜんぜん足りていないと思っています。経営は経営者ひとりで行うものではなく、経営者同士で高め合うものだという思いが年々強くなっています。会社の規模やフェーズは違えど、お互いに切磋琢磨し、いい会社とインパクトのある事業をつくり、少しでもいい社会を次の世代に引き継いでいきましょう。
今回登った山: 雷山 (らいざん)
https://yamap.com/mountains/9335
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