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HYUGA上場の舞台裏 ──上場申請への苦悩と今後の展望を語る

福岡や関東で調剤薬局「きらり薬局」を展開するHYUGA PRIMARY CARE(ヒュウガプライマリケア)は、薬局を拠点に薬剤師が患者の自宅や入居施設を訪問し、処方箋に基づいて調剤した医薬品を届けたり、服薬指導したりする在宅訪問サービスを提供しています。

HYUGAは12月20日、東京証券取引所の新興企業向け市場マザーズに上場しました。
そこで今回代表の黒木哲史さんに、上場の狙いやこれまでの苦労、今後のビジネスプランなどについて、ドーガン・ベータ代表取締役パートナーの林龍平も交え、お話を伺いました。

黒木 哲史(くろぎ てつじ)
HYUGA PRIMARY CARE株式会社 代表取締役
1978年宮崎生まれ。薬科大学を卒業後、MR勤務を経て、2007年に福岡県太宰府市にて当社を設立。「24時間365日自宅で安心して療養できる社会インフラを創る。」を理念に掲げ、外来調剤と在宅医療に特化した調剤薬局「きらり薬局」で、薬剤師による訪問指導、配薬サービスを展開する。
林 龍平(はやし りょうへい)
ドーガン・ベータ 代表取締役パートナー
住友銀行・シティバンクを経て2005年よりドーガンで地域特化型ベンチャーキャピタルの立ち上げに携わり、累計5本・総額50億円超のファンドを運営。2017年にドーガンよりVC部門を分社化したドーガン・ベータ設立し代表就任。2019年より日本ベンチャーキャピタル協会 理事 地方創生部会長を務める。

プラットフォーマーとしての上場

―マザーズへの上場、おめでとうございます。

黒木:ありがとうございます。

―株式上場を視野に入れたのは、いつごろでしたか。

黒木:創業当初から「やる以上は上場したい」と思っていました。ただ、当時はそんなことを言っても誰も相手にはしてくれなかった。食べていくのに精いっぱいでしたね。

林:なるほど。創業時から「いつかは上場するぞ」と。

黒木:創業時はただの薬局ではあったんですけど、そういう思いはどこかにありましたよね。

林:そのような視座で薬局を経営している薬剤師の方はいないですよね。

黒木:いないと思います。それに、投資を受けて上場を目指す中で「ただの薬局」では上場は難しいだろうということを感じてビジネスモデルは変えていきました。

林:上場によって、HYUGAの「ただの調剤薬局とは違う」という価値が顕在化しましたよね。黒木さんは、IRという点でもこれまでご苦労されたと思いますけど、それが市場に認めてもらえてもらえたということだろうなと思っています。

黒木:すでに上場しているどの薬局と比べても高い倍率で評価をしてもらいました。そういう意味では、プラットフォーマーだという認識をしてもらったのではないかと。

「上場するために自分たちの利益を食い潰すのか」

―会社設立から15年目での上場となりました。

黒木:上場のフローの中で、社内の環境はずいぶん変わりました。上場に向けた管理系の人材集めや、J-SOX周りの整備、経理の体制構築など、とにかく大変でしたね。
当然人材を集めるにもコストがかかる。加えて監査法人や証券会社への支出。その支出分も吸収しつつ利益を伸ばすのは、至難の業でした。

現場からは「上場するために自分たちの利益を食い潰すのか」「こんな少ない人数では働けない」といった不満も出てきて。「上場なんてやめたらどうだ」という意見が、ずっと出ていましたね。離職が続いた時期もありました。

林:2016年ごろですよね。「上場を1年延ばします」というお話を伺ったと記憶しています。

黒木:そうです。当時、社内の会計の段取りや情報開示について、上場企業のような仕組みや水準に移行させようとしていました。ただ、こうした取り組みは、否応なく現場に負荷がかかる。移行に伴う作業が増え、日常的に残業する職員も多く出ました。

一番大きかったのは、管理系と現場の職員の共通認識の問題ですね。前例がないことにチャレンジするということで。「上場したらこうなるよ」というのは、僕ら経営側だったり管理側のみんなは分かってるんですけど、毎日現場で患者さんと会っている従業員には、やっぱりそのイメージが伝わらず。同じ方向を向いてやっていこう、となるまでにはかなりの時間を要しました

―社員の皆さんの意識が変わったと感じられる局面はありましたか。

黒木:一瞬で変わったというよりは、何度も言い続けて、やりつづけて、徐々に「本当に上場するんだ」という空気になりました。

林:時間をかけて文化を変えていくという感じでしょうか。

黒木:弊社は職員が多いので、そういう手順を踏みました。例えば社員30人ほどで上場しようというベンチャーであれば、そういうことはないかも知れませんね。ただ、弊社の場合は現場の職員だけでも約420人を抱えています。時間をかけて、持ち株会の設立などに取り組んだり、上場をイメージできる人にジョインしてもらったりしてだんだん積み上がってきた感があります
J-SOXにしろ、監査法人の監査にしろ、利益水準にしろ、なんとなく「これをやれば(上場)できるんだ」とか「こうすれば、近づけるんだ」というイメージがずいぶんできてきたときに、自分の中で「あ、ここはもうクリアした」という実感を得られましたね。

林:少しずつ、オペレーションや習慣を変えられたということですね。

黒木:はい。でも決定的だったのは、2018年に日本初のオンライン服薬指導を始めたことですかね。メディアに出る機会が多くなり、店舗でも「新聞に出ていたね」というふうに、患者さんからも声をかけられるようになって。それまで現場のみなさんって、目の前のお客さんのために一生懸命仕事をされていたわけですが、そのお客さんからそういう目で見られているんだと。
その後、2019年には「きらりプライム事業」を始めました。自社で開発してきた薬局運営のシステムを、既存の調剤薬局に提供する事業です。ビジネスモデルが変わる中で、薬局がお客さんになっていった。

林:自分たちはただの調剤薬局じゃなくて、そうやってプラットフォームというか、仕組みを提供する立場なんだと。そう現場の人が感じられるようになったんですね。

―上場を1年延ばしたその期間で組織も立て直したのですね。

黒木:採用制度とかも見直して。リファラルで人が採れ始めるようになったんですよ。

林:社員の皆さんの高いロイヤルティを感じましたね。良い会社じゃないと自分の会社を紹介しようとならないと思うんで。底力というか。

黒木:ほんと底力ですよ、立て直しきったのは。今はすごくいいチームになったと思います。

目指すは「社会インフラ」の構築

―上場の先のビジョンは、どう描いておられますか。

黒木:上場自体は目的ではありません。知名度を上げ、「社会インフラ」づくりに取り組む人材を集めるためのステップですよね。上場による最大のメリットは、私も含めた経営陣にプレッシャーがかかることだと思います。業績が伸び悩んでいれば、「どうなってんだ」という話になる。投資家の目も入ってくれば、どう伸ばすかという議論は今まで以上に出てくる。常に考えざるを得ないというか、次の事業に取り組まないといけない。提携も増えるでしょうね。

―事業提携ですか。

黒木:主に地域包括ケアに関わっている医療介護の業種と提携していきます。今も10社近くと提携していますが、さらに増やしたい。人材を集めることで、事業の幅が広がるイメージですね。将来的には(東京証券取引所の)プライム市場に鞍替え上場したい。

―人材確保は重要なファクターになってきますね。

黒木:誠実かつ優秀な人材をどう集めるか。思いだけじゃなくて、ある程度ロジックも組めて、実行力がある。この3つがそろう人って、やっぱりそんなにいないじゃないですか。そういう人を何人集められるかが、上場の意義でもあるし。今まで以上に人が集まってくると思っています。

後進の起業家との関わりも増やしていく

―ベンチャーとの資本提携も可能性はありますか?

黒木:良いものがあればやりたいですね。これまでは、上場を前にしていたこともあって、あまり触れなかったんです。持ち分法適用会社のように株だけ持たせてもらってもいいし、ナレッジが得られる良い先であれば、M&Aも含めて検討します。

林:個人的に「こういう取り組みは面白いかもしれない」と思っているのは、黒木さん個人のエンジェル投資です。

黒木さんはこれまで、調剤や介護の領域でボランタリー事業を成長させてこられた。例えばそういう分野の知見は全然無いけれども、介護の課題を解決したいと思っているエンジニアリングスキルのある若い人や学生にお金を出してあげたり、アドバイスしてあげたり。実際フィールドを持っておられて、現場もご存じだという立場ですし。

黒木:おっしゃるとおりですね。「こういう事業考えているんですけど」と相談されるだけでも、価値はあると思う

林:少しでも「自社の事業と何かやれるかもしれないな」というのがあれば、ぜひ関わっていただきたいですね。地域のベンチャーや起業家を見ている立場からすると、すごくありがたいです。

黒木:それ、やりますよ。わが社にも役立つと思うし。

林:この起業家に投資したい、という話もでてくると思うんですよね。黒木さんのところに起業家がもっと集まってきてほしいなと思っています。地方でこの領域の課題解決を考えている人は少なくないと感じてます。

黒木:ぜひぜひ。僕らって、事業的にも地域的にもマニアックですしね。

林:そうですね、お金と知見と人材を回していける立場にある九州の企業は少ない。ビッグカンパニーとしての第一歩かなと思います。

黒木:そうならないといけないんでしょうね。プライム市場を目指すのであれば、もっと拡大しないと難しいと考えています。地域包括系をバックアップしていくイメージですね。

福岡から上場企業が生まれることの意義

―今年、九州でベンチャーキャピタルから資金調達をしてマザーズに上場した企業はHYUGAさんだけになります。

林:われわれもファンドで投資した会社が上場して、きちんとその果実を投資家に還元できるというのは、ベンチャーエコシステムの循環を紡ぐという意味でとても大事なことだと思っています。

黒木:そのとおりだと思います。リターンをお返しできて本当に良かったです。

林:その点に関しては本当に感謝しかありません。ありがとうございます。それと同時に、こうやって上場準備プロセスを経験する人材が増えていくことも、地域にとって非常に意味のあることだと感じでいます。少なくともHYUGAさんの管理部門約40人の方々は、上場準備のプロセスを目の当たりにされますよね。将来的には、そういうキャリアを生かして、自分たちでまた次の上場企業をつくることもあるかもしれません。

黒木:都市の規模としては上場企業を多数輩出するのに十分なはずの福岡でも、上場へ持っていける管理系の人でチームを組むのにはとても苦労しました。

林:九州に限らずかもしれませんが、地方からのスピード上場の事例ってまだまだ少ないですよね。 たとえば「創業から5年で上場しました」とかいう会社はまったくでていない。上場することの現実感というか、上場を体験している人が少ないことでイメージが湧かない。イメージが湧かないから、形になるまでに時間がかかる。今回、黒木さんが苦労して歩まれた道を多くの人が歩むことで整備されていき、九州からの上場企業を増やす好循環に繋がっていくんだなというのを、すごく感じています。

黒木:たしかに、こういうインフラが整っていくことは、都市の成長を考えても必要なことですよね。これからも、会社の成長だけでなく、福岡・九州のベンチャーエコシステムにどんな貢献ができるか、考えていきたいと思います。

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