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宮崎発、テラスマイルが感じた地方スタートアップの「ヒト・モノ・カネ」問題
TSUNO Syogo「全ての営農者を豊かに、国を守る社会インフラとなる」ことを目指すテラスマイル代表取締役の生駒祐一さん。
テラスマイルは上場企業の関連会社として立ち上げられた農業生産法人の運営の際に得た経験をもとに業界の課題を解決すべく立ち上がったアグリテックスタートアップで、2017年にリリースされた「RightARM」はスマート農業におけるデータ分析ツールとして欠かせないポジションを得ようとしています。今年の2月には各市町村のJA向けに、農業生産者向けサービス「RightARM for Ex」をリリースするなど、目標に向かい成長を続けています。
資金調達環境や人材採用など、スタートアップとしては決して恵まれていない宮崎という土地で起業した生駒さんと今回対談したのは、ドーガン・ベータ宮崎オフィス代表・津野省吾。前職の宮崎太陽キャピタル時代にテラスマイルの最初のファイナンスで投資を行い、ドーガン・ベータにジョインしてからも、生駒さんとは起業家とキャピタリストという関係が続いています。
今回は、地方に根付きながら活躍している生駒さんと、地方のスタートアップついて探っていきたいと思います。
テラスマイル株式会社 代表取締役
東京都出身。グロービス経営大学院を修了後、新卒で入社した一部上場企業の新規事業であった農業法人の立ち上げと販路獲得に携わる。2014年4月に宮崎市でテラスマイル株式会社を設立。現在も宮崎県に本社を置き、浜松・大阪・東京で約15名を組織。2022年、県市町村の担い手育成をデジタル化する『RightARM for EX.」をリリースした。
ドーガン・ベータ ファンドマネージャー/宮崎オフィス代表
宮崎県宮崎市出身、新卒で株式会社宮崎太陽銀行に入行。支店業務を経たのちに、関連会社である株式会社宮崎太陽キャピタルへ出向し、宮崎を中心としたスタートアップを支援。VCやスタートアップカルチャーに魅力ややりがいを感じ、キャピタリストとしての人生を歩むことを決意。2018年4月に株式会社ドーガン・ベータにジョイン。
宮崎で地域の特性を生かし起業。農業のデジタル化を進める
ー早速ですが、テラスマイルの事業について教えてください
生駒:テラスマイルは農業の情報・データを分析する会社です。農業業界は納税率も低く、就農者も儲かっていません。さらに高齢化が進んでいて、先進国の中では人口における就農者の比率が圧倒的に高いのが日本の農業ですが、農業のデジタル化が進んでいないことは大きな社会課題の一つです。情報やデジタルデータがほとんど蓄積されていない日本の農業で、その情報・データを蓄積する基盤から、そして情報・データの体系をちゃんと整える所から作り上げていき、農業経営に繋げるところが私達の事業になります。
ーなぜ宮崎でアグリテックのスタートアップをやろうと思われたのですか?
生駒:新卒で入社した上場企業で、宮崎市でミニトマトを生産する農業生産法人を立ち上げるというプロジェクトに参画していました。そこでは生産工程から流通の中で得られる情報を見える化し、売上や収益との相関性を分析した結果、早期に黒字化を達成することができて。このプロジェクトで得た経験をソリューションとして提供することができれば、生産者の収益性があがるのではないか、ということで2014年にテラスマイルを創業しました。
宮崎でやる大きな理由は、宮崎の主要産業が農業だということ。地域産業の特性を生かすことで、すぐに現場で実践でき、プロダクトの価値を最大化することに注力できると思っています。
津野:宮崎は野菜以外にも畜産が有名ですし、アグリ領域のスタートアップの実証フィールドとしては申し分ないですよね。
ドーガン・ベータは九州の起業家の登竜門
ー最初のファイナンスとして2017年8月に宮崎太陽キャピタルから出資を受けていますが、VCから資金調達をしようと思ったきっかけは何だったのでしょうか?
生駒:私の中に創業当初から社会課題が解決できる明確な絵姿はありましたが、そこには資金が必要でした。成長ストーリーをロジカルに組み立てることができたこともあり、宮崎太陽キャピタルさんがそこを評価してくれたと認識しています。
ー宮崎太陽キャピタルの投資担当者は津野さんだったとか
生駒:当時、宮崎にはコワーキングスペースがなかったので、タリーズコーヒーに起業家がよく集まってました。そこになぜか津野さんが座ってるんですよ(笑)。宮崎の起業家仲間の中では「困ったら、まず津野さんのとこに行け」というのが共通理解でした。
津野:「津野に相談しろ」と言ってくれた方々には感謝です(笑)
ー最初のファイナンスの際は銀行は選択肢としてなかったのですか?
生駒:プロダクトは開発途中で売上も殆どない状態だったので、融資での資金調達は難しいという理解でした。銀行は選択肢にありませんでしたね。
ー2018年にドーガン・ベータから出資を受けておりますが、VCとしてドーガン・ベータを選んだ理由は?
生駒:創業前、私がグロービスの学生だった時に九州で起業するなら、ドーガン・ベータ(当時はドーガン)があるからと言われてました。ドーガン・ベータから投資を受けられなければ、東京の投資家からは投資を受けられないよとも。ドーガン・ベータは九州のスタートアップの登竜門。九州のスタートアップとして普通に階段を登った感じです。
津野:ファーストタッチで弊社の林(代表取締役パートナー)や渡辺(取締役パートナー)とコンタクトを取っていたということもあるのでしょうね。私自身も宮崎太陽キャピタルの当時の社長から「生駒という面白いやつがいるから、ちゃんと会っておきなさい」と言われ、それからコミュニケーションを取るようになった。生駒さんも事業進捗がある度に報告に来てくれました。投資もしてないのにですよ。継続したコミュニケーションが信頼を生み、その結果、投資が実現したという、必然的な姿なのかもしれませんね。
生駒:最初の資本政策や事業計画は、津野さんが作ったようなものですもんね(笑)
津野:初期のバーチャルCFO的な動きはしてましたね。
生駒:地方でスタートアップを立ち上げるのに何が一番大変かというと、エクイティファイナンスの戦略が立てづらいということです。スタートアップの短期間での急激な成長にはエクイティストーリーが紐づきます。それを実現するためには、理解あるファイナンスパートナーの存在が必要ですが、地方には環境が整っていない。
ところが九州にはドーガン・ベータがいるし、宮崎には津野さんがいる。とても恵まれた環境だと思います。エクイティファイナンスの戦略に困った宮崎の起業家は間違いなく相談すべきだと思います。
津野:現在はタリーズコーヒーにいることは少なくなりましたので注意です(笑)。ドーガン・ベータ宮崎オフィスにいるので、気軽に相談に来てほしいですね。
起業の一番の悩みはヒト。VCと共に事業をつくる
-事業を行ってきた上で、ヒト・モノ・カネで一番悩んでいるのはどの部分でしょう?
生駒:スタートアップ経営者として資金調達の悩みは尽きないかもしれませんが、正直、お金の悩みっていうのは序の口で、ヒト・モノ・カネで言うと、やはりヒトの部分が一番苦労しました。
地方での採用はなかなか難しいってのが現状です。特に九州の場合、優秀な人材は福岡や東京に流出している。
けど僕は、プロダクトがない0→1のフェーズにはそこまで必要ないと思うんです。王道では「いいエンジニアで固めなさい」といいますが、自分より上のスキルを持った人材が初期に入ると、組織が崩れるんですよ。私もそれを経験しました。
プロジェクト開始時や、最小限のプロトタイプを作ろうというフェーズでは、集中して話ができるような物理的にも心理的にも近い距離感で、まずは0→1の1まで持っていくことができる開発パートナーと組むことの方が重要だと思います。
津野:最初期では、優秀であること以上に距離感の方が重要であると…。たしかにプロトタイプを作る最初の思想的な段階では、理解を共通化しておかないといけないですよね。最初からみんなバラバラの方向に向かってしまうとリカバリーできませんし。
生駒:1→10のフェーズではもちろん優秀な人材は必要になってきます。優秀な人材を多く採用するのは宮崎単体では難しいので、ハイブリッドに拠点を持っている方が好ましいでしょうね。うちも大阪、東京、福岡、浜松と宮崎以外の拠点を持っています。
津野:複数拠点での開発をリモートでマネージメントするのは大変では?
生駒:リモートでマネージメントを行うのは事業が確立してしまえば役割が明確なため、適材適所に人を配置すればいいという話で、そう難しくはありません。
地方の環境が生む 起業家に必要な思考力
ーこれまでの話に地方で起業することのデメリットが含まれていましたが、逆にメリットはありますか?
生駒:一つ目は、承認欲求が満たされて変な方向に走ってしまわないことでしょうか。やっぱり起業する人間って承認欲求が強かったりするんですよ。東京だと雑音が多いんですよね。メディアやテレビ番組に出たりすると、俺すごいだろうと勘違いしてしまう。
津野:メディアやテレビで取り上げられることのPR効果はあるので事業成長に必要な要素だとは思いますが、それで起業家が天狗になってしまっては本末転倒ですよね。その点、地方ではそういう雑音は少ないかもしれませんが、実は地方でも同様のことは言えると思うんです。尖った事業をやっている時点で、地方の中では目立ってしまうというか…。そんな状況でも天狗にならず、謙虚でいられるメンタルが必要ということなのかもしれませんね。
生駒:あと、もう一つ、地方で事業を行う方が思考する時間が多く取れるんです。東京だと色んなセミナーとか、色んな話があるからインプットしてしまうんですよ。インプットって考えないで思考停止するから、ファクトばかりを捉えてしまう。僕にとって実は一番強みになっているのは思考力。ひたすら思考して、本を読んで考えています。起業家で生き残っている人たちは思考力が高いんですよね。変な情報を入れずに考える時間が多いからこそ、この10年で思考力が手に入れられた。
津野:地方の方が思考力を高められるというのは、新しい気付きかも知れないです。情報をインプットして、アウトプットの質を高めることが一般的なビジネススキルのレベルアップに言えることだと思うのですが。生駒さん独特のマインドですね。
思考力は仮説構築力や問題解決力などにも派生しますよね。誘惑が少ない地方だからこそ考える時間があり、思考力がつく。宮崎の起業家や起業家予備軍にも思考する時間を作って、思考力を付けてほしいです。私も思考力をつけねば(笑)。
生駒:雑音が少ないからこそ、思考する時間できる。そして、事業に正面から向き合える。地方で起業することのメリットはとても大きいと思います。
宮崎でチャレンジを許容するスタートアップのエコシステムをつくる
ーコロナ禍の影響もあって、オンラインだけで投資家や起業家とも出会える環境になってきています。地方のスタートアップが、最初から東京のVCに出資を受けるようなことも増えてきました。
生駒:起業家がVCを見る時のポイントは、うまくいかなかった時にどういう立ち振る舞いをされるかとか、状況が厳しい時に離れていくのか寄り添ってくれる人なのか、など。そういう所で本質的なものに気付いていきます。テクニック論は勿論重要なのですが、一緒に伴走した際に窮地でも寄り添ってくれる、地方のスタートアップにとってそういった対応は地方VCでないと難しい。苦しい時だからこそ起業家に寄り添い、その後会社が伸びることで、VCとしてキャピタルゲインを得る、それができるのが地方VCの強みだと思いますね。
津野:ドーガン・ベータは地方に根ざして投資をしているVCです。地方の起業家からすると、東京の投資家は近くにいませんし、寄り添ったフォローをしてもらうのは難しいと思っています。宮崎オフィスを立ち上げたきっかけもまさにそこなんです。宮崎の起業家にとって寄り添える存在であるためには、物理的に近くにいることが大事だよねという所があるので、すごく共感できます。
今後、僕らは宮崎のスタートアップエコシステムの醸成について取り組もうと思っています。こういうスタートアップエコシステムができたらいいなとか、こうやったら起業家が増えるのではないかなど、思うところありますか?
生駒:スケーラビリティのある事業を生みだすために起業家の視座を上げていくことは勿論ですが、最終的なEXITの意識づけを行うことがとても重要だと思います。
津野:私自身、その地方でのロールモデルを作ることはとても重要だと思います。その為にEXITの意識づけは必須であって。EXITしたスタートアップ出身者が様々な場所で活躍することで、また新たなスタートアップを生みだし、ロールモデルをつくっていく、そんなエコシステムを作っていきたいですね。
生駒:今後テラスマイルがEXITした時に、テラスマイルで出会ったメンバーが創業したり、どこかの企業のCEO、CXOになっていたりするような未来は僕にとっては嬉しいことです。
僕が宮崎でエコシステムを作る際に、一番怖いと感じるのは心理的な足の引っ張り合いです。宮崎はまだまだ起業家に対して風当たりが強いという環境を知っていながら、その逆風に当たりながらも前に進んでいけるような人が必要。その人を中心にエコシステムを構築していくのがいいような気がします。
就農者が稼げる未来を描く
ー「RightARM for DX」をリリースして、BtoGの領域から色んな生産者に影響が波及していくことを考えていると思うのですが、最後にテラスマイルの今後の展望について教えていただけますか?
生駒:宮崎は農業生産を担当するという国内での役割がしっかりあり、国のお金をもらいながら回している状況です。簡単にいえば、東京は納税をする、地方は補助金をいただいて日本を回す、というサイクルですね。これからの農業の未来を考えると、そのお金を活用して地方自治体をデジタル化をすることで、次の農業の未来を描けると考えています。
今後テラスマイルは、所得がどんどん減っている農業者の実情を改善したいと思っています。そのためには農業者からプッシュして、消費者や小売りに対して圧力をかけられる状況を作るべきです。96兆円の食品関連産業の規模に対して、農業産出額はたったの8.9兆円。デジタル基盤を活用して、農業者がもっと自分たちの所得を獲得できるような仕組みを作りたいです。
ー 生駒さん、今日はお忙しい中ありがとうございました!
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