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「社会のインフラに、なる」調剤薬局チェーンからプラットフォーマーへの変革で急成長
HAYASHI Ryohei24時間365日、全国どこでも薬が受け取れる新たな「社会インフラ」を構築したい ──
福岡や関東で調剤薬局「きらり薬局」を展開するHYUGA PRYMARY CARE(ヒュウガプライマリケア)は、薬局を拠点に薬剤師が患者の自宅や入居施設を訪問し、処方箋に基づいて調剤した医薬品を届けたり、服薬指導したりする在宅訪問サービスを提供しています。
2018年には、国家戦略特区制度を活用し、全国初となる保険診療内でのオンライン服薬指導を開始。常時、在宅患者にサービスを提供する先端的な事業に取り組んできました。
訪問調剤ができる薬局を増やすため、小規模薬局との連携にも注力。加盟店はサービス開始から3年弱で約800店に増加し、さらなる拡大も視野に入っているそうです。
代表取締役の黒木哲史さんから、創業されたきっかけや事業のターニングポイント、今後の事業戦略について、ドーガン・ベータ代表取締役パートナーの林龍平も交え、お話を伺いました。
HYUGA PRIMARY CARE株式会社 代表取締役
1978年宮崎生まれ。薬科大学を卒業後、MR勤務を経て、2007年に福岡県太宰府市にて当社を設立。「24時間365日自宅で安心して療養できる社会インフラを創る。」を理念に掲げ、外来調剤と在宅医療に特化した調剤薬局「きらり薬局」で、薬剤師による訪問指導、配薬サービスを展開する。
ドーガン・ベータ 代表取締役パートナー
住友銀行・シティバンクを経て2005年よりドーガンで地域特化型ベンチャーキャピタルの立ち上げに携わり、累計5本・総額50億円超のファンドを運営。2017年にドーガンよりVC部門を分社化したドーガン・ベータ設立し代表就任。2019年より日本ベンチャーキャピタル協会 理事 地方創生部会長を務める。
「価値のある人生を送りたい」入院の経験から起業の道へ
── 2007年設立とのことですが、まずは起業のきっかけを教えて下さい
黒木:新卒入社2年目の頃だったかな?薬科大学を卒業後、北海道苫小牧市の調剤薬局に勤務していたんです。背中に激痛が走りました。医者に見てもらうと急性膵炎で、3週間ほどの入院。同じ病室の人が亡くなったのを見て、「いつか自分にもそんな日が来る」というのを感じました。人間誰しも、いつかは亡くなります。でも、当時の私の中では、それが当たり前じゃなかった。それに気づいて「価値のある人生を送ろう」と考えたときに、「起業」の二文字が頭に浮かびました。その後、沢井製薬で5年間のMR(医療情報担当者)勤務を経て、29歳で開業しました。
── 大手製薬会社で勤め続けるよりも「価値がある」と考えたわけですね
黒木:そうですね。自分の中では、年収の多寡ではなく、サラリーマンとして上限が見えることがすごくつまらなく思えたんです。それだったら、際限なく成長できるようなことにチャレンジしたいな、と。
あと、今振り返ると新しいサービスを作るということに憧れがあったんだと思います。「クロネコヤマトの宅急便」の生みの親である小倉昌男さんの著書「経営学」を愛読書にしていて。宅急便という新たなサービスをつくった紆余曲折がすべて書かれています。製薬会社にいた時に、介護分野が今後伸びていくのは見通せた一方、課題も感じていて。この業界で新しいサービスを作りたいと考えました。
病院のそばにはだいたい薬局がありますよね。でも、介護を受けている患者さんからすれば病院で処方箋をもらって、また薬局を訪れて薬をもらって、というのは二度手間で負担もある。だったら薬局を開業して、こうした課題を自分で変えてみたいという思いでスタートしました。いわゆる「門前型」の薬局ではなく、ご自宅や施設を訪問する薬局を実現する。全国に広がるような新たなサービスを薬局で展開してみたい、これは自分の人生をかけてやってもいい仕事だと思えました。
住み慣れた家・地域で暮らし続けられるように薬を届ける
── 創業してすぐの2008年、福岡県太宰府市に薬局を構えられたそうですね
黒木:小児外科の先生方とご縁があり、そこに隣接する調剤薬局を設けることになりました。今に繋がる「きらり薬局」の初店舗です。大学の後輩らとの3人体制という小さな店舗でした。新しいサービスを作りたいという思いはあったものの、当時は在宅患者さんに薬を届けるという形態が一般的ではなかったので、一旦は隣接する病院の処方箋を受けつつ、徐々に在宅を増やしていこうという方針でスタートしました。
経営基盤がほとんど固まっておらず、当初は生きていくのに必死で。「どうやって食べていこうか」と、飛び込み営業を続ける毎日でしたね。
近くの公民館の高齢者親睦会などに出向き「近所にお住まいなら、薬は家で受け取れますよ」といったふうに。飛び込みで訪問したケアプランセンターでは、配置薬の会社と勘違いされたこともありましたね(笑)。
── 「社会インフラを創る」という大きなビジョンを掲げていらっしゃいますが、黒木さんの中でその思いを強くした転機などがあったんですか?
黒木:創業して2年目のお正月が大きな転機だったと思います。在宅訪問で、末期がんで在宅療養中の女性に処方されたモルヒネを届けに行った時、偶然看取りに立ち会いました。旦那さんから、涙ながらに「あなたが薬を持ってきてくれなければ、妻は人生の最期を痛みに苦しみながら迎えるところだった。本当にありがとう」と声をかけられ、私も号泣したんです。この時に、在宅訪問サービスが本当に意義のあることだと改めて思えましたし、1店舗、2店舗だけじゃなくて、全国に展開するんだという決意が固まりました。
── その思いを胸に、実際に店舗を増やしていかれたのですね
黒木:はい。3年目に福岡県春日市に出店。その後、大野城市に出して、福岡市に出してといった具合に年間3~4店舗のペースで展開しました。
今では福岡をはじめ、佐賀、千葉、神奈川、東京に薬局が計35店舗。2010年には薬局だけにとどまらず、居宅介護支援事業所「ケアプランサービスひゅうが」を開設し、今はケアプランセンターも4事業所あります。思えば、薬局にとどまらず多方面から支援していく地域包括ケアは必然的な流れだったかもしれません。
VCからの資金調達とは、「仲間を増やす」こと
── そんな中、2015年に初めてVCからのエクイティ調達をドーガン・ベータなどと行ったと。当時、林さんはHYUGAをどう見たのですか?
林:最初にお会いしたのは2014年でしたよね。(IPOを目指しているということで、)福岡証券取引所に紹介いただいたことがきっかけで。
黒木:弊社としても株式公開を念頭に置いた出店計画を考えていて、資金調達のタイミングを見計らっていたところで 林さんに店舗を見に来ていただきましたよね。
林:実際に薬剤師の方に同行して、市営団地で寝たきりの高齢のご夫婦にお薬を届けるところに立ち会いました。サービス付き高齢者向け住宅では、受付に配薬用の箱を設けて薬を届けていたりするところも。施設利用の高齢者の方とお話しながら箱に薬を詰めたりしていて。逆に、これらの現場を目の当たりにしたから「これは投資するしかない」というスイッチが入ってしまった感じでしたね。結果、すぐに投資を決めました。VCの投資先って、形のないサービスを作っているところが多く、手触り感は少ないのですが、このときに限ってはリアルな現場を見て動いているので、投資委員会のプレゼンに一段と力が入ったのを今でも覚えています(笑)。
── 他のVCもある中で、ドーガン・ベータを選ばれた決め手は
黒木:当社と同じく地域に根ざしていて「金融の地産地消」を大事にされている点、相談がしやすい点ですね。
他のVCの中には「事業を育てる」という視点に乏しいと感じる企業もありました。例えば「他のVCからの投資を受けてはだめ。うち1社で全額出すから、他には声をかけないでほしい」といった具合に言われたこともあります。その発言内容が良いのか悪いのかは今も分かりませんが、個人的には話があまりできそうにないなと感じました。
── VCを株主として迎えたあと、関わりの中で感じたことはありますか?
黒木:投資してもらうことで、デューデリジェンスしてもらえる機会が得られたことや、人材やエクイティの考え方についても、VCの立場からの客観的な意見が聞けた点がよかったですね。
林:たしかに、外部の目が入るというのは、大きかったかもしれないですね。
黒木:資金調達という点は同じでも、銀行は「黙って金返せ」じゃないですか。一方、VCは「噴けよ、噴かせよ」みたいな感じ。そこは大きな差があると思います。また、ドーガン・ベータさんの場合は、地元で多くのパイプもある。他の投資先企業やファンドの出資者、金融機関の医療担当チームなど、さまざまなネットワークを共有いただいたのはすごくありがたかったですね。
林:確かに当時から、資金調達という意味では銀行借入れで十分賄えそうでしたよね。やはり仲間を増やすという意味合いが大きかったということですか?
黒木:そうですね。やはり、株主を意識する感覚で経営できるようになったのが一番大きいと感じています。
林:私も取締役会にオブザーバーとして入らせていただきましたが、やはり現場を見ている経営陣だけだと、足元のオペレーション周りの課題や短期の予実比較などに議論が向きがちですよね。黒木さんの場合は外部株主を入れる前からそこはかなり精緻に管理されていた印象です。なので私もその細かな議論に加わるというより、普段現場を見ているがゆえとかく現場よりの立場に寄りがちな経営陣の視座を上げるようなところを意識して、質問や意見をさせていただいていました。
エクイティ調達した資金でいかに成長速度を上げるか、当時はM&Aでの薬局買収の案件など、毎月のように議論していましたよね。現場を見ている方々からすると、「こっちはそれどころじゃないですよ」みたいな意見も当然あって、議論を白熱させていたのが懐かしいです。
社会インフラ実現のために、主力事業を大きく転換
── そして成長スピードを一気に加速するビジネスモデルに挑戦されました
黒木:ドーガン・ベータさんから出資を受けて以降、数年は店舗数を増やすというところに集中して売上を伸ばしてきました。ただその過程で、現場への負荷なども考慮するとアクセルの踏み具合も考えていかないといけないし、投資家から見た当社の評価も「薬局」というカテゴリを超えていくことはないということが分かってきました。なにより「社会のインフラになる」という創業当初の目標に近づいている感じがしなかったんです。
そこで2019年にローンチしたのが、「きらりプライム事業」です。24時間365日体制の訪問調剤を実現するために、自社で開発してきた薬局運営のシステム・コールセンター業務からお薬の仕入に至るまで、既存の調剤薬局に売上高に連動する形で提供していくものです。
また、福岡市が国家戦略特区に指定されたことを受け、全国初のオンライン服薬指導に乗り出したことなど、業界内での知名度を大きく上げることができました。
林:そのタイミングで、エンジニア人材の獲得など開発分野も拡大しましたよね。
黒木:それまでは社員ほぼ全員が薬剤師はじめ介護・医療関係者というところから、現在は4名のエンジニアを擁しています。異なるバックグラウンドの人材を組織に定着させるのはこれまでにない苦労がありましたが、インフラを作るためにという思いで乗り越えました。同時に調剤薬局への営業チームも編成し、立ち上げから2年で800店舗を超える提携を実現していて、今後も単年1,000店舗の積み上げを目標にしています。
林:その結果として、この短期間に収益の3分の1を稼ぎ出すインフラ事業を育て上げたということですね。素晴らしいです。個人的にはこの数年の黒木さんのチャレンジがまさにスタートアップの本質なんじゃないかなと思っています。
日頃さまざまな起業家とお会いしていく中で、介護・医療などいわゆるレガシー領域をアップデートしていくような課題に挑戦するモデルを多く目にはするのですが、やはり重要なのは現場感覚というか、例えば黒木さんのように実際に調剤薬局を運営して介護の現場視点の課題を知っているとか、それが大きな強みになってきますよね。月100件近いペースで調剤薬局との提携が決まるというのも、実際にHYUGA自体がこのソリューションで課題解決をしている、という凄みがあるというか。サービスの対価も固定でなく売上連動なので、薬局側としては断る理由がない。
黒木:「こういう問題がある」というのを誰かから聞き取って、それに合うようなプロダクトをつくる形で取り組まれる起業家さんからの話もよく聞きます。でも、実際にやるのとはちょっと違うから、少しずれるんですよね。当社の場合、彼らとは順番が逆だから強みがある。そういう思いや考え方を他の若い起業家の皆さんにもシェアしていきたいですね。
林:ありがとうございます。まさにこの数年、黒木さんがこのチャレンジをされているなかで、スタートアップの世界ではBtoBのバーティカルSaaSがいろいろな領域で勃興していて、多くの起業家がそこにチャレンジしています。そういった方々の視座を上げていくような支援活動を黒木さんとご一緒していけたら嬉しいです。
黒木:もちろん協力させてください。今日はありがとうございました。
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