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「福岡には大きなポテンシャルがある」 九大出身起業家&VCが語る福岡スタートアップ・エコシステムの今までとこれから
HAYASHI Ryohei2006年にドーガン・ベータとして最初のファンドを組成し、1号案件として投資をさせていただいたのが九大発バイオベンチャーのアキュメンバイオファーマでした。
九州大学病院で眼科医として勤務されていた鍵本忠尚さんが「失明撲滅」を目指し2005年に創業した同社は、実際にBBGという製品を作り上げ、欧州での販売も実現しています。
鍵本さんはその後iPS細胞技術という新しいアプローチから失明撲滅に取り組むべく、2011年に現在代表を務めるヘリオス(日本網膜研究所)を起業。ヘリオスは2015年に東証マザーズに上場しており、ドーガン・ベータの投資先としては初めてのIPOにもなりました。
そんな鍵本さんとドーガン・ベータ代表取締役パートナーの林龍平はともに九州大学の出身で、1976年生まれの同級生。今回は約15年前から起業家・投資家として福岡のスタートアップ環境を見てきた2人に、両者のこれまでを振り返ってもらいつつ、福岡のスタートアップ・エコシステムのこれからについても話していただきました。
ヘリオス代表執行役社長CEO
九州大学病院にて眼科医として勤務の後2005年、1社目の九大発バイオベンチャー・アキュメンバイオファーマを起業。2011年2月、再生医療の実用化を目指しヘリオス設立。2012年2月、当社代表に就任。2015年6月、東証マザーズ上場。
ドーガン・ベータ 代表取締役パートナー
住友銀行・シティバンクを経て2005年よりドーガンで地域特化型ベンチャーキャピタルの立ち上げに携わり、累計5本・総額50億円超のファンドを運営。2017年にドーガンよりVC部門を分社化したドーガン・ベータ設立し代表就任。2019年より日本ベンチャーキャピタル協会 理事 地方創生部会長を務める。
福岡でゼロから新しい挑戦を仕掛ける思いに共感
── お二人が最初に出会ったきっかけから教えてください
林 : もともと2人とも九大の出身で、しかも76年生まれで同級生なんですよね。学部はそれぞれ違うので学生時代から接点があったわけではないんですけれど。そんな前提がありながら、僕たちが最初のファンド(0号ファンド)を作ったタイミングで1号案件を探している時に野村証券の方からご紹介いただいたのがきっかけだったかと思います。
鍵本 : 2006年ですよね。九大医学部の眼科で研修を終え、2005年に九大発のバイオベンチャーとしてアキュメンバイオファーマを立ち上げたばかりの頃です。九大の技術を世界の市場に出して、失明の撲滅に繋げていきたい。そんな思いで新たなチャレンジを始めた時期でした。
── 鍵本さんが資金調達に動かれている中で、紹介をきっかけに接点が生まれたと
鍵本 : まさに2005年の12月頃からシリーズAの調達に取り組んでいました。
── 当時の福岡の資金調達環境はどのような感じだったんですか?
鍵本 : 当時は九州に独立系のベンチャーキャピタルがほとんどなくて。多分ドーガン・ベータぐらいだったんじゃないかな。
林 : 僕たちも本当に始めたばかりの頃で。後は金融機関がやられてたり、ジャフコさんなどの拠点もすでにあったと思います。
鍵本 : そうそう。東京のVCが福岡拠点を作っているのはあれど、福岡発・九州発のVCというのは珍しかった。
── なるほど。そこから実際に投資に繋がっていくわけですが、まず鍵本さんにドーガン・ベータから出資を受けることに決められた理由を伺いたいです
鍵本 : 世界中にさまざまなベンチャーがある中で、(すでに世界で存在感を発揮している)福岡発や九大発のものはまだなかった。だからミッションの実現はもちろんのこと、「最初の事例を自分たちが創っていくんだ」という点に対しても、少しずつ意義を感じるようになっていったんです。
その点、ドーガン・ベータもゼロからファンドを立ち上げ(VCとして)福岡で新しい挑戦をしていこうとしていて、彼らの姿勢や思いに共感する部分が多くて。林さんの人柄とかも含めて、一緒にやりたいと思いました。
もともと私は福岡の久留米附設の中学・高校に通っていたのですが、1学年の約半数が理系で、その内の半分は当たり前のように医学部に進学する状態でした。それに関して、以前から「これは長期的に考えると絶対に間違っている」と思っていたんですよ。
もちろん医療もすごく大事です。ただある意味、親や学校のリソースを使って高いレベルの教育を受けさせてもらっているわけで、そういう人たちこそ日本の技術を世界に出すとか、そんな挑戦をしていかないとこの国はダメになってしまうと考えていました。
その観点でも大学の知財は優れたものであれば世界で十分に戦える可能性がある。そうやって世界で通用する事業を福岡から作っていきたいという思いが根底にありました。
林 : 確かに当時からその話はされていて、熱量がすごかったですよね。
「自分もその未来を見てみたい」1号案件は売り上げゼロのバイオ企業
── 一方でドーガン・ベータにとっては鍵本さんたちのチームが1号案件になりました。出資の背景を教えてください
林 : 本当に見たことのないタイプの人が目の前に現れて、投資を断れなかったというのが正直なところかもしれません(笑)
僕も初めてのファンドを作ってベンチャーキャピタリストになりたての時期だったので、いわゆる“スタートアップの起業家”と会うのもほぼ初めてだったんです。だから最初の印象は「同級生にこんな人がいるんだ」「ものすごく大きな未来を描いていて、こんな人に会ったことがない」といった、ふわっとしたものでした。
しかも売り上げゼロのバイオベンチャーということで、計画の蓋然性とかリスクを上げ出したらキリがない。だけどそれ以上に失明撲滅に対する鍵本さんの思いやビジョンを聞いていて「自分もそういう未来を見てみたい」という興味が勝ってしまったのかなと。
こんなことを当時のLPの人たちに言うと怒られるかもしれませんが、やっぱり技術に関してはわからないところも多い。もちろん自分で調べたり、詳しい人に聞いたりはするものの、最終的には「人」なんだろうなと思いますよね。
当時のアキュメンバイオファーマは鍵本さん含めて、すごいいいチームでした。自分たちもファンドを立ち上げたばかりで熱量がすごかったけれど、話を伺っていて「正直全然負けているな」と。
── 出資後の関わり方はどのような感じだったのでしょう?
林 : 今振り返ると、応援するしかなかったです。他の投資家の候補を紹介するとか、本当にできることは限られていました。
でもそれが意外とVCの仕事の本質なのかも知れないというか、そうやっていろんな人が起業家の応援団として集まって、それぞれが知見を持ち寄ってできることをやっていく。僕も当時の経験があるからこそ、約15年経った今ではやっと「そっちの方向には行かない方が良さそう」とか「最短でこの目標に到達するにはこうするのがいいのではないか」など言えるようになってきた感覚があります。
起業家に伴走するというスタンス自体は変わらないけれど、経験値が上がった分だけ伝えられるものも増えた。最近改めてVCの職業はそういうものなんだなと感じます。
鍵本 : そこについては、期待値のズレも特になかったです。やっぱりどういう方々にパートナーとして加わってもらうかを踏まえた時に「志を共にできるか」が何よりも重要だと思っていたので。
15年経った今の状況を見ても、やっぱりドーガン・ベータは当時から話していたように地元のLPや地場の企業たちから資金や共感を集め、地元のためになるファンドを着々と作り続けている。有言実行で非常に尊敬していますね。
ヘリオスには「SPV」から出資、手さぐりでファンド組成
── そういった関係性もあって、鍵本さんが2011年に設立されたヘリオス(当時の社名は日本網膜研究所)でも後にドーガン・ベータから出資を受けています
鍵本 : ちょうど山中伸弥先生の研究などでiPS細胞に大きな注目が集まり、これはすごいことになるぞと世界中で騒がれているタイミングでした。
先ほども申し上げた通り、アキュメンバイオファーマを作った時のミッションは失明撲滅だったわけです。九大発の技術を基にしたBBGという製品を開発し、日本のバイオベンチャーとして実際に欧州で患者さんに販売するところまでは実現できました。それはすごく良かったのですが、失明撲滅のレベルまでにはまだ達してなかった。
失明撲滅が本当に実現できる技術であるかという観点では、(ヘリオスが取り組む)iPS細胞は大きな可能性がある。そこに早くから挑戦することで先行者メリットも生まれるし、絶対にやるべきだと思いました。
結果的にはタイミングもすごく良かった。創業の翌年に山中先生がノーベル生理学・医学賞を受賞され、そこからさらに追い風が吹いて。2015年には株式公開という流れでした。
林 : 最初は福岡の自宅からスタートされたんですよね。
鍵本 : いわゆるガレージ起業ですね(笑)。ます特許の状況を把握したり、事業の計画を練ったりなど基盤を固めて。そこからiPS細胞のバリューチェーンに関連する企業を中心に資金調達もしながら事業を作っていきました。
── ドーガン・ベータとしては2013年に出資をしていますが、その際はドーガン・ベータが音頭を取ってSPV(Special Purpose Vehicleの略で、特定の企業などに投資することを目的とした専用のファンドのこと)を組成する形を選ばれています
鍵本 : ありがたいことに失明僕滅というミッションに共感してくださった個人の方から投資をいただけるというお話が多くなってきた中で、なかなか個々のお名前を表に出すことも難しいこともあり、1つのファンドを作れないかということになったんです。その際に真っ先に相談相手として頭に浮かんだのが、地元で恩があった林さんたちだった。
林 : ほぼ電話1本で決まった感じでしたよね。たまたま台湾へ出張していた時に鍵本さんから電話がかかってきて。その場で「でしたらうちもその話にぜひ乗らせてください、ファンドの取りまとめもやりますよ」といった形で話をしたのを覚えています。
ドーガン・ベータとしても手探りでファンドを作って、そこに自分たちも資金を入れつつ、皆さんからお金を集めて。このファンドから合計で約3億円の出資をしました。
鍵本 : 今考えると、なんだかんだでドーガン・ベータもかなりクリエイティブなことをやっていますよね。当時は目の前の問題をどう解決したらいいかを考えて無我夢中でやっていたけれど、後々振り返るとSPVも含めて「日本でもかなり珍しい」といった話も多い。
林 : やっていても楽しかったですよね。SPVのようなストラクチャーを作るにしても、鍵本さんの思いに共感してくれる投資家のお金を僕らが集めて、1つのファンドを作って株主になる。特に九州では前例のないことも多い中で、どんなアプローチが最適かを模索しながら一緒に創造していくことはワクワク感がありました。
福岡や九大には大きなポテンシャルがある
── 最後に今後のお話も少し伺えればと思います。鍵本さんとしては引き続きヘリオスの代表を務めながら、新しい試みも進められていくそうですね
鍵本 : 大きく2つあって、1つ目は「九創会」というプロジェクトの発足です。これは簡単に言えば九大の起業家をもっと育てていくためのコミュニティだと思っていただくとわかりやすいかもしれません。
私自身、熊本生まれ、福岡育ち、九大卒なので九州や福岡の良さもわかっているつもりですし、そこへの思い入れも強い。特に九大には大きなポテンシャルがあると思っています。
そもそも自分が起業しているのも、中高の先輩に孫正義さんや孫泰蔵さん、堀江貴文さんなどがいらっしゃって、なんとなく「起業家」が身近に感じたから。「先輩たちが出来たのだから、自分だってできるんじゃないか」みたいな感覚でした。
シリコンバレーに行った時、現地の人たちがまさに同じような雰囲気だったんですよ。友人の寮に行って先輩に会うと、ごく普通に起業していたりして、それが全く珍しいことではない。そんな環境にいれば起業のハードルが下がるんですよね。
そのような環境を福岡や九大においても整えたいというのが九創会の目的です。
同じく旧大出身でエス・エム・エス創業者の諸藤周平さんと一緒にやっているのですが、九大出身の先輩起業家に会える場所・会えるコミュニティを通じて、起業の選択肢を少しでも身近に感じてもらうと共に、目線を上げていけるような取り組みができるといいなと思っています。
── それはワクワクしますね。2つ目はどんな取り組みを計画されているのでしょう?
鍵本 : もう1つは海外の政府系ファンドと一緒に、バイオ領域に特化した新しいベンチャーキャピタルを作りました。(参照:https://b2b-ch.infomart.co.jp/news/detail.page?IMNEWS1=2260639)
その政府系ファンドが言うには日本は毎年のようにノーベル賞受賞者が出るくらいには科学技術力があるのに、バイオベンチャー産業においてはそのポテンシャルを十分に発揮できていないと。彼らの分析によると、何が足りないかと言えば起業家なんですよね。起業家の質と量が変わってくると、アメリカや中国に匹敵するようなビジネスチャンスがあるのではないかと言うんです。
幸い私は1社目で製品化を実現し、2社目となるヘリオスで株式公開も経験することができた。その政府系ファンドとしては「日本でこの人たちとファンドを作るとうまくいくのではないか」と考え、私たちと一緒にやるという決定をしてくれました。
すでに投資活動もスタートしているのですが、今後はもっと規模を広げたいと考えています。具体的にはファンドに投資をしてくれるLPを増やすのと並行して、カギを握る起業家の数と質をテコ入れしていきたい。
アメリカにはEntrepreneur In Residenceと言って、VCファンドの基に起業の経験者や起業を志す人材がいて、いい技術やアイデアが生まれた時に「このビジネスなら彼が最適だから任せてみよう」みたいな形で人材を送り込む仕組みがあります。
エコシステムの究極の形を作れる可能性を秘めているのがこのVCとEntrepreneur In Residenceだと考えているので、この仕組みをスケールさせるのが今後の構想です。当ファンド自体は特に九州に限定したものではなく国内外を対象にしていますが、九創会や新ファンドでの取り組みが九州や九大、さらには日本において足りないピースを埋めるものになるのではないかと考えています。
林 : まさにスタートアップ・エコシステムですよね。僕たちも15年ほど九州でVCとしての活動を続けてきて、ヒトやカネの部分については九州の中でも徐々にインフラが整い始めているというか、エコシステムのようなものが構築され始めていると変化を感じています。
一方でモノの部分については、鍵本さんも言及されていた九州大学を中心としたさまざまな大学が1つのポイントになると思うんです。「技術の出し手」とスタートアップ・エコシステムが連動することで、起業が文化に近づいていくとも思います。
人を育てるという観点でも九大との取り組みは重要ですし、あとはそこから生まれたスタートアップにきちんとお金が集まる仕組みが必要。そこは僕たちももちろん、鍵本さんの取り組みなども含めてまだまだやれることがありそうですよね。
── 鍵本さんも九大や福岡にはポテンシャルがあるとお話しされていましたが、状況が大きく変わるためのポイントはどこにありそうでしょうか?
鍵本 : 情報と経験だと思いますね。最終的には福岡に根をはったグローバル企業がいくつか出てくるのが1つの理想というか、そういう光景を私も見たいです。
たとえば京都だったら京セラや任天堂がありますよね。ユニクロでおなじみのファーストリテイリングのように、実は本社や創業の地が地方の都道府県のようなケースもある。そのようなグローバル企業が福岡から生まれて、そこから雇用が生まれたり、その税金で地域が潤たりする姿が理想だと思います。
福岡は人口も十分いて、大学の知財などもありますから、独自の事業やサービスで外貨を稼げるような産業を作れる可能性はあるはず。そのためにも九創会の取り組みなどが「自分たちでも、もしかしたらできるんじゃないか」と発想が変わるきっかけになればいいと思っていますし、それで挑戦した人については、ドーガン・ベータなり私たちのファンドなりで後押ししていければいいですよね。
林 : それはぜひ一緒にやっていきましょう。
── 鍵本さん、今回はお忙しい中ありがとうございました!
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