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大型サミット「SAS」開催の意義──山口キャピタルが描く下関の未来
HAYASHI Ryohei山口県下関市に本社を置く金融グループ、山口フィナンシャルグループ(YMFG)。グループのCVCとして山口キャピタルの存在があります。2017年に本格的なベンチャーキャピタル業務をスタートさせ、5年で60社以上のスタートアップに投資を実行。ドーガン・ベータのファンドにもLP出資をしていただくなど、これまで深く連携させていただいています。
2023年の1月には大型のスタートアップカンファレンス 「Shimonoseki Add-venture Summit (SAS)」を開催。下関の会場に800人以上が参加し、大盛況のうちに幕を閉じました。
今回のインタビューを受けていただいたのは、現YMFG総合企画部長であり、3月まで山口キャピタルの代表取締役であった古堂さんと、山口キャピタルのスタートアップ投資担当でありSASプロジェクト統括責任者の吉村さん。
弊社も運営に携わらせていただいたSASについて振り返り、これからの山口キャピタルについても伺いました。インタビュアーは、ドーガン・ベータ代表取締役パートナーの林です。
山口フィナンシャルグループ総合企画部 部長 / 山口キャピタル取締役
1999年山口銀行に入行。北九州銀行天神支店長を経て2017年より山口フィナンシャルグループ総合企画部、次世代事業部にて新規事業開発の責任者。2021年、山口キャピタル代表取締役に就任。事業承継投資、スタートアップ投資事業を統括し、後継者不在の地方企業と都市の優秀なビジネスマンをマッチングする新しい事業承継の形「サーチファンド」の全国展開に注力。2022年2月には地方銀行7行と協働で2号ファンドを設立。
山口キャピタル シニアマネージャー
2011年山口フィナンシャルグループに入社。北九州銀行本店営業部にて中小企業向け法人融資外交を経験した後、2014年より山口銀行地域振興部にて創業支援や補助金活用提案業務に従事。2018年、山口フィナンシャルグループ投資共創部 / 山口キャピタルに転籍後、累計10件のスタートアップに対する投資を行う。UNICORNプログラムやSASの企画・運営責任者として、地域とスタートアップによるイノベーション創出に注力。
ドーガン・ベータ 代表取締役パートナー
住友銀行・シティバンクを経て2005年よりドーガンで地域特化型ベンチャーキャピタルの立ち上げに携わり、累計5本・総額50億円超のファンドを運営。2017年にドーガンよりVC部門を分社化したドーガン・ベータ設立し代表就任。2019年より日本ベンチャーキャピタル協会 理事 地方創生部会長を務める。
金融機関から地域価値向上会社への変身
── 改めて、YMFG及び山口キャピタルについて簡単に説明をお願いできますでしょうか。
古堂:YMFGは、山口銀行・北九州銀行・もみじ銀行の3つの地方銀行を傘下に持ち、山口県、福岡県および広島県に総合金融サービスを提供するグループ会社です。山口キャピタルはグループの子会社で、投資事業を行っています。
長い間、地方の衰退と活性化の必要性が叫ばれてきましたが、YMFGとしても地域の活性化に主体的に取り組むため、非金融領域における事業の多角化を進めてきました。経営方針としても、「銀行」から「地域価値向上会社」に転換を図る、と明確に打ち出されました。
実は山口キャピタルは1996年に設立された会社で、事業再生などをメインでやっていたんですけれども、YMFGが地域価値向上会社へ舵を切った2017年ごろに体制を強化し、新しい組織として生まれ変わりました。
──スタートアップ投資もそのタイミングで?
古堂:はい。地域にリスクマネーを供給するプレーヤーが山口県にいないという課題をグループ全体で感じていて、2017年にスタートアップ投資専用の1号ファンド(30億円規模)を組成しました。また、地域でのイノベーションを起こす活動もまだまだ足りないという危機感があり、投資とその周辺の活動の両方をだんだんと拡大してきた形です。私がスタートアップ投資チームに関わり始めたのは翌年の2018年で、YMFG投資共創部の立ち上げに重なります。
──山口キャピタルとしては、この2017-2018年あたりが大きなターニングポイントになっているんですね。
吉村:そうですね。私が山口キャピタルに参画したのも同じく2018年です。当時から今まで、山口キャピタルスタートアップチームの投資担当として活動しています。
山口キャピタルのスタートアップ投資部門では、2つのメインファンドと地域特化のファンドを運用しており、3ファンド合わせて63億円の規模になります。オールステージ、オールジャンルに投資を行っていて、これまでに60社以上のスタートアップへの投資実績があります。
──ドーガン・ベータのファンドへLP出資いただいたのもその頃ですよね。
古堂:はい。1号ファンドを立ち上げて、さあ投資を行っていこうというタイミングを迎えていました。そのためのスキル・ナレッジ・ネットワークを貯めていくという意味で、いくつかの独立系VCさんのファンドにLP出資をしました。YMFGとしては、「地域価値向上会社」に向け舵を切っていたのもあり、同じく地域の価値の文脈で検証を進めていたドーガン・ベータさんのファンドにも出資する運びになりました。
イノベーションの土壌をつくるためのイベント
──CVCとして、着実に歩みを進めてきたという印象があります。
吉村:そうですね。また、ただ投資を行うだけではなく、地域でのイノベーションという文脈で、その土壌をつくる必要があるという議論も活発で。2018年と2019年には、ユニコーンプログラムという名前のアクセラレーションプログラムも行いました。
──山口と、それから広島で開催しましたね。僕も関わらせていただきました。
吉村:東京でMorning Pitchなどのイベントに参加したのですが、東京にはスタートアップの活気みたいなものを身近に感じるイベントがたくさんあるなと。一方、地域にはそのようなものが少なくて。例えば山口で、スタートアップを身近に感じるようにするにはどうしたらいいかということを議論した覚えがあります。
ユニコーンプログラムは、地域とスタートアップとを結びつけること、地域の中核企業がスタートアップの支援を行うことを中心として企画されました。実際に開催後には参加者から「目新しさを感じた」という声を多くいただきました。やっぱりスタートアップはまだまだ地方では身近なものではないんだなと実感したと同時に、時代の担い手を生み出していく必要性も改めて感じたんです。
──2回とも大盛況で、さあ第3回どうしようか、、というタイミングでのコロナ禍突入でした。
吉村:はい。大規模なイベントの開催は一旦中止し、投資活動を着実に進めてきました。2021年8月には2号ファンドを30億円の規模で組成することもできて。そしてコロナもだいぶ落ち着いてきた2022年の春、そろそろ大規模イベントを復活させたいよね、という機運が高まってきまして、私がプロジェクトマネージャーに任命されました。
──当時の率直な気持ちはどうだったんですか?
吉村:以前のイベントの運営メンバーでもあったこともあって経験は一定程度あったため、相当ハードル高いなというのが正直な気持ちでした(笑)。企画について複数のアイデアはあったのですが、方向性や内容について非常に悩みましたね。
──山口キャピタルとして、イベントを通じたグループ全体のメリットを明確に打ち出す必要もありますよね。
吉村:おっしゃる通りです。地域のためのイベントにすることが第一目標であることは言わずもがなですが、グループの経営陣にも納得してもらうような企画を考える必要がありました。
特に、長期的目線と短期的目線での成果のバランスは難しい問題でした。例えば地域におけるスタートアップへの意識を高めていくなど、長い目で見た時に効果のあるイベントにすることを目指したい一方で、スタートアップと参加企業とのマッチング件数など、グループとして短期的な成果も出す必要があると思っていたので。
──その頃、どんなイベントにしようかっていう壁打ちを僕もさせていただきました。
吉村:その節はありがとうございました(笑)。まさにそのバランスの相談をさせてもらって。例えば商談イベントのようなものであれば、計測できる分かりやすい指標がありますし、イベントの意味をすぐに感じることができます。しかし林さんからは、「それだと絶対失敗するよ」みたいなことを言われて。
──本当、無責任なことを言ったなと反省しています(笑)。
吉村:今ではあの時に言ってもらってありがたかったと心から思っています。地域価値向上会社であるというグループの方向性を軸に据え、山口キャピタルとして、地域でのイノベーションと次世代の担い手の創出をやるべきだと覚悟が決まりました。
──とはいっても、 有意義なイベントであることの証明が短期的に難しいという側面もあるので、経営陣に納得してもらうのは難しかったのでは?
古堂:それが意外と難しくなくて。グループとしてやるべきことや地域の中での役割ということを説明した時に、長期的なスパンでの企画に同意してくださったのが大きいです。
──地域価値向上会社としてのYMFGの矜持を感じるエピソードですね。
古堂:下関を中心としたエリアを地域のイノベーション創出の中心にしていきたい、と、5年後に実現したい下関の姿を語ったんです。まだふわっとしている解像度ではあったんですが。
イベント名も、Shimonoseki Add-venture Summit と、下関という名前を押し出す形にしました。今後も下関で続いていく、そういったイベントを作りたかったんです。
来場者が、”行動に移せる” ことを重視した
──イベントとしては、規模もそうですが、少し前のものと違う印象がありました。
吉村:コロナ以前にスタートアップ企業を中心にしたイベントを開催し、山口でもスタートアップを身近に感じてもらうことや認知がとれてきたことの実感はありました。じゃあ実際に行動に移すには? というのがSASの大きなテーマになりました。
──SASは、他のスタートアップカンファレンスとは参加者層もずいぶん異なりますよね。
古堂:そうですね。スタートアップ関係者だけでなく、地元企業、行政、大学関係者などの幅広い方に参加いただきました。また、青森や島根などの地方銀行の方々が視察に来られていたり、地方銀行からも注目度は高かったと思っています。
DREAM SHIP下関 という下関で一番大きな会場を使い、来場者は800人を超えて会場に熱気が溢れていました。
吉村:下関のスタートアップイベントにそんな人数が集まることが前代未聞だったのですが、そういった参加者が「本気で考え、行動するためのサミット」というテーマを大事にして企画をしていきました。
──たしかに、企画や登壇者も、そのテーマで一貫されているように感じました。
吉村:SAS2023の1日を大きく分けると、3つのパートになります。まずはキーノートセッション、その後にスタートアップによるピッチがあり、最後にはパネルディスカッションです。
キーノートセッションは、DeNAの南場さんとGOの三浦さんにお願いし、地域における新しい挑戦の大切さなどについて語ってもらいました。参加者が本気で考え、自分ごととして捉えることができるような内容だったのがよかったと思っています。その熱量のまま、ピッチイベントに入っていきました。
ピッチ登壇者にはピッチが終わるとネットワーキングブースに移動してもらうことになっていて、そこで登壇者と観覧者とのマッチングをつくれればと考えていました。正直、本当にマッチングが生まれるかどうか不安だったのですが、結果的に200件以上のマッチングを確認することができました。
──ブースにも途切れることなく人がひしめいていましたよね。
古堂:本当に盛況だったと思います。記録されているもの以外でも多くのコミュニケーションが生まれたはずで、テーマにあるように、行動に移した証明だと感じることができました。
──パネルディスカッションの方はいかがでしたか。
吉村:DREAM SHIP下関の広さを活かし、2会場で2つのセッションが同時に開催される形をとったのがうまくいったと思います。入場者がそれぞれ興味のあるパネルディスカッションを視聴できるようにしたかったんです。
登壇者には東京でも実現できなそうな顔ぶれが並び、登壇者の方々には本当に感謝です。
──僕は、地方VCとしての立場から、地方企業のアップデートについてのセッションのモデレーターをさせていただきました。Unlearningという単語が1つのキーワードになりました。
吉村:参加者からのアンケートで、経営における人材についての考え方など、これまでの地方での既成概念を変える必要性に気づいた、といったフィードバックが多くありました。実際にこの学びを行動に活かしてもらえれば、本当に嬉しいことですね。
(追記:SASでのコミュニケーションがきっかけで、熊本市とビザスクの連携協定が実現)
「この時期に下関でSASがある」を当たり前にしたい
──当日、グループの銀行員の皆さんも大勢スタッフとして参加していたのも印象的でした。
古堂:イベントについて、本店の館内放送やポスターでも宣伝していました。「地域で新しい挑戦を」と言う前に、社内で挑戦マインドを波及させたかったという思いがあったんです。
結果的にグループの社内役員の方にも全員来ていただきましたし、グループ傘下の3つの銀行の頭取にも参加いただきました。
──社内の評価は実際どうだったんでしょうか。
古堂:よかったです、むしろ「絶対来年もやってね」というような反応をいただきました。個人的にも100点満点だと思っています。
吉村:初めての規模のイベントだったので、不安もあったのですが、無事に終了でき安心しました。実は、次回の開催を2024年2月ごろと仮置きして、少しづつ準備も始まったところなんです。
──SAS2024ですね。どのようなイベントにしたいですか?
吉村:前回の開催で形ができてきたので、それを超えていくイベントにしたいですね。山口キャピタルのメンバーで手探りで始めた前回ですが、今度はもっとグループ全体を巻き込んだイベントにしたいと考えています。地域価値向上会社として、スタートアップの可能性についてもっと知ってもらいたいんです。
また、下関の長期的なエコシステムのために、次の時代の担い手を生み出すことも重視したいです。具体的にいうと、学生の誘致ですね。せっかく第一線で活躍している人が集まるイベントなので、若者にもその熱気を伝えていきたいと考えています。
──最後に、山口キャピタルとしての意気込みをお願いできますか。
古堂:山口キャピタルでは「エクイティの力で地域を変革する原動力となる」というミッションを掲げています。地方には、成長を諦めている事業者、現状維持でいいと思っている事業者が多くいて、それは我々の責任でもあります。それでは地域は衰退する一方ですし、そのために挑戦の後押しをしていく必要がある、という思いでやっています。
吉村:SASもその1つのアプローチだと思いますし、地域全体を盛り上げたいという思いが前提にあり、下関をその中心にしたいです。「この時期に下関でSASがある」というのを当たり前にできるよう、頑張っていきたいですね。
インタビュアー後記:何を隠そうこの僕も、当日ラストのセッション「人材不足に地域企業はどう立ち向かうか」のモデレーターをさせていただきましたが、イベント終了後、多くの方から「地方経営者の人材に対する考え方をアップデート(固定観念のアンラーニング)する重要さに気が付きました」といったフィードバックをいただきました。
これもひとえに、イベント全体で醸し出した空気感や登壇者の熱量が伝播して、800人超のオーディエンスの皆さんの視座・テンションが高まっている状態であったからこそではないかと思います。
昨年4月頃、吉村さんに下関でのイベント開催の相談を受けたときは、南場さんのキーノート登壇など、ちょっとできそうにないことも含めて、僕自身の思いつくままのアイデアをお伝えしました。その全部を実現された、SAS運営メンバーのみなさんのチームワークには敬服する限りです。2024年も下関で開催というお話も聞けました。ぜひ次回もできる限りのサポートをさせていただきたいと思います!
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