Column
コラム
βventure capital Colum
シードスタートアップにおける数値計画の必要性 ──投資検討では何を求められるのか
AKASE Taroリンクを踏んでいただきありがとうございます。今回このようなタイトルにしたので、ここに来てくださった皆様は資金調達活動を行う起業家やそれに近いようなポジションの方が多いのではないかと憶説を立てております。期待に添えるよう、いわゆるプレシード期やシード期のスタートアップの中で奔走されている方に向けて書いていくつもりです。
シードキャピタリストという立場上、投資検討のフローの中で事業計画・数値計画をいただくことがよくあります。今読んでくださっている起業家の中にも、依頼された経験があったり、何を意識して作成すればいいかと悩んだ方もいらっしゃるかもしれません。
僕自身、複数の起業家とやり取りさせていただく中で、投資家の数値計画書への考えと起業家のそれとでは相違があるのではないかと感じることがあります。また、「銀行員じゃないんだからシードVCが数値計画書を欲しがるのはナンセンスなのではないか」というような意見も散見され、今回改めてテキストに起こしてみようと試みました。
本稿は、僕が数値計画書をどう捉えているか・実際に何を見ているのか を簡単にまとめることにより、VCが数値計画を通して何をなぜ求めたいかを知っていただきたいという善念と、自身が数値計画書の作成を依頼する際の免罪符にしたいという思いの両方をモチベーションにして執筆します。
なお、内容は僕の考えに基づいており全ての投資家に共通している内容ではないかもしれないこと、僕の現時点での整理に過ぎないことをご了承ください。
地域に根ざしたスタートアップ支援の可能性に共感し2020年インターンとして参画。2021年4月より現職。ファンド投資先のソーシングから投資検討、市場調査、投資実行まで全ての業務に従事している。九州大学の起業部を2年間運営するなど、地方学生×スタートアップの文脈での活動も行う。ジェネレーションZ。
福岡県遠賀郡出身 九州大学経済学部卒
数値計画の定義
事業計画、数値計画と呼ばれ方が色々ありますが、本稿で想定しているものは、時系列に沿って売上やコストが記入されている表を指しています。今回、表記は数値計画と統一します。エクセルやスプレッドシートで作成されている方が多いのではないでしょうか。
今回は、そのなかでもシード期の数値計画について書いていきます。プロダクトがある程度完成しており、PSFもしくはPMFを目指していくような段階だと思っていただければ。
投資家は数値計画書に3つの意味を見出す
その数値計画ですが、投資家側のロジックとして大きく3つの意味があると思っています。ここでは、一旦スタートアップとしてのフェーズは関係なく提示し、その後シード期に当てはめてみる形を取ります。
1. 数値計画は戦略についての議論のスタート地点
数値計画がほしい理由の1つ目は、戦略を考えて議論するのに必要だからというものです。
我々キャピタリストは起業家とのコミュニケーションの中で、ある程度対象事業の戦略を想定しています。実は、起業家側から数値計画が提出される前にあらかじめ自分で数値計画を想定・作成していることさえあります。
その状態で起業家から数値計画を提出してもらうことで、自身の事業への認識と起業家の認識との乖離がないかを確かめたいというのがこの趣旨です。
2. 数値計画はバリュエーションの参考資料として必要
2つ目は、投資実行時のバリュエーション算出の根拠にするためです。
例えばDCF法という理論価値計算方法に代表されますが、将来のキャッシュフローを現在の価値に割り引いて対象企業の理論上の企業価値を算出する方法があります。企業買収の合理的な価格検討でも使われるような企業価値算出方法であり、例えばフリーのMikatus買収の際にも検討にDCF法が利用されたことが公開されています。(https://www.nikkei.com/nkd/disclosure/tdnr/di31i7/)
企業価値の算出にキャッシュフローを用いるので、数値計画が必要というわけです。
3. 数値計画は事業のPDCAを回すときの指針になる
3つ目の役割として、投資実行後の予実管理があります。
投資実行後の期間において、スタートアップはその資金を予定通りに使っているのか、また数値計画通りに実績が移行していくのかを判断するため、という意味です。
企業が上場する際には、売上や利益といった成績の予実が審査されます。こちらは東証が公表していますグロース市場・上場審査内容からの切り抜きです。
ここで記載されている「事業計画の合理性」にある予実管理は、上場前の体制として最も重要な要素といっても過言ではなく、上場を目指す企業にとっては必須の条項になります。
フェーズによって変わる数値計画の意義
事業戦略策定・バリュエーション根拠・予実管理。これら3つが投資家に数値計画が必要な理由です。しかしこれらの重要度合いや要求される具体性の程度は、対象のスタートアップがどのフェーズにあるかによって変わってきます。
まず事業戦略策定の意味での数値計画についてです。こちらは必要となるアウトプットのレベルは違えど、ある程度どのフェーズのスタートアップにおいても重要だといえます。
数値計画は、事業の持続可能性、KPIや成長角度、それに必要なリソースと優先順位といった重要な論点を議論するベースになります。ここが今回の肝になってきそうなので、シード期の数値計画からどう戦略を議論できるかについては後の章で詳しく記述します。
次にバリュエーション算出目的について。こちらは、フェーズが上がっていくにつれて必要になってくるものです。少なくともシードの投資では、キャッシュフロー予測による企業価値算出は必須の工程にはならないことがほとんどでしょう。上で記述したようなバリュエーション算出方法は企業存続を前提としたものであり、さらにキャッシュフローをある程度安定して予測できる場合にのみ有効であるからです。よって、キャッシュフローの予測が立てにくいシード期の企業価値算出において数値計画が利用されることはほとんどありません。
『バリュエーションがどう決まっているのか分からない。』これは実際に起業家から寄せられる相談のうち最も多いものの一つです。そして多くの場合、 “起業家にとって” 納得感のあるバリュエーションでは無か […]
先ほど例に出したMikatusの買収の際の適正株式価値の算出では、DCF法において2,373~3,080百万円の値を得ています。また、主要事業開始から10年が過ぎたタイミングでの売却となりました。このようなサイズ感でかつ財務予測が立てやすい場合、企業価値算出の方法の1つとして十分な整合性を担保できると判断されるということでしょう。この場合では、キャッシュフローをある程度正確に予測できていることが重要になるため、実績から導き出された精緻な数値計画が求められます。
3つ目にあげた予実管理としての数値計画はどうでしょうか。こちらは上場前のフェーズで重要視されます。上場時の公開価格は、その企業の利益などの値を、倍率(PERなど)でかけたものをベースにして決定されています。上場後の投資家保護の観点などの理由により、実績が予算からズレなく着地するかどうかは上場可能性に大きく関わってきます。先ほどと同じく、細かい数値とその値の合理性が求められます。
一方で、予定と実績のズレを小さくすることよりも事業のコアを固めていくことが重要な時期のスタートアップにとっては、全体として意識しすぎる必要はないと思いますし、僕個人も投資実行後に逐一数値計画のズレを確認する作業をすることは少ないです。もちろん投資後に数字を追っていくことも重要になりますが、それは1つ目に書いたような戦略的な意味での重要指標の計測であり、数字を合わせることそのものを重要視している予実管理とはまた目的が違うものであると捉えてください。
シードVCが数値計画で議論すること
投資家側が数値計画をどのように使っているかを説明し、フェーズによって知りたいことが変わるために、求められる数値計画の内容も変わってくることを解説しました。
まとめると、シード期のスタートアップでは事業における仮説の割合が非常に大きく、バリュエーション算出や予実管理といった意味で数値計画を必要としているわけではありません。シード投資家が投資検討時に数値計画を必要とする1番の理由は、事業戦略の議論を行うためです。それでは、事業戦略と数値計画の関係性について詳細をまとめていきます。
その事業モデルは成り立ちますか?
僕らが数値計画をいただくタイミングでは、起業家の中で事業の完成形が具体性を伴っていない状態であることがほとんどです。それ自体は当然と言って然るべきですが、投資家の頭に浮かぶのは、そのモデルは成り立つのかどうか? ということです。
その会社があるべき状態に移行するために、赤字というリスクをとってでも先行投資を行うことで事業戦略の幅を広げる、これがスタートアップ型成長を目指す意義だと思っています。しかしどんなスタートアップも赤字のまま居続けることはできません。スタートアップが投資家からの出資金を元に赤字を垂れ流している状態を見て、「ビジネスが成り立っている」とは誰も言えません。事業がビジネスとして成り立つ状態になるタイミングはいつ訪れるのか、そもそも計画上ビジネスとして成り立っているのか。Unit Economicsという概念がありますが、顧客を獲得するごとに実はお金を失っていたり、顧客や売上を得るためのお金が非常に高い状態のまま推移することはないかどうか、すなわち事業戦略が計画段階で崩壊していないか、投資家はチェックするべきでしょう。
Unit Economicsの健全性の議論、例えば広告でのユーザ獲得が合理的な数値になっているのかは当然確認しています。特に、まだ広告で顧客獲得をしていない会社の場合、顧客獲得コストをかなりコンサバに見積もっているパターンがあるのですが、そもそも獲得コストが割に合わない数値になっていることがあり、顧客獲得の根本的な部分をお話することがあります。営業利益ベースでの計画も、危うい状態で想定していることも実は多いです。
また、明らかにキャパシティが足りていないような計画になっている場合、その数値計画はどう頑張っても成り立ちません。例えば人数がどう考えても足りないような戦略になっている場合があります。開発タスクに対しエンジニアの数が少なすぎる計画や、広告マーケティングでのリード獲得が楽観的すぎる計画に思うことがあるので、真意を確認した上で起業家とその蓋然性についてディスカッションします。
山の登り方
事業が適正なモデルになる可能性が一定程度ある場合、議論は「その状態に進めていくまでの道筋」に移ります。スタートアップはやることが多すぎて、シード期では特に複数の課題がある状況です。その中で限られたリソースをどう使っていき、どう山を登っていくのかというのは重要な論点です。整備されていない山から複数の登山道を見い出し、そこから最適なコースを選ぶことの重要性は言うまでもありませんが、数値計画を見ながら経営者の考えを読み解くことが可能です。当事業が成長するかどうかの重要な検証論点は何かをピッチを聞きながら整理しますが、「それが達成されているかどうかは数値計画上では何の指標を用いて表現されているのか」が最初のポイントになります。
その上で、それらは今回の調達資金を使ってどう検証されようとしているのかを確認していきます。例えば、採用というのはタイミングもあるので実際にどうなるかは分かりませんが、採用予定からどの仮説検証にまずは注力しているのかは一定程度は分かります。ピッチでの言動との乖離が見つかることもあり、重点的にお話をするようにしています。
さらに、次のステップ(≒次の資金調達)に進むに当たって越えなければいけないハードルに対し、ボトルネックになりそうな要因は何か、それにどうお金と時間を使っていくかについてどう考えているかが数値計画から伝わってくると調達意図が鮮明になります。
それらについての起業家の考えが投資家の考えるものと大筋で同じか、違うところが生まれる場合は僕らの知らない起業家のインサイトがそうさせているはずなので、ピッチの内容と照らし合わせて考えて確認してみたり、起業家自身がそれを言語化できていない場合にはそのお手伝いをしてみたりしています。
その他のポイント
うまく構成にハマりきらなかったポイントをここで箇条書き的にメモしておきます。
バーンレートのコントロール
ソリューションフィットの達成及びそれがマーケットとして成り立つかというチャレンジに直面するスタートアップは、打ち手をいくつ打てるかということが大事になってくることもあります。その際に投資家として重要視するのは、どれくらいの期間で次のファイナンスを実行する必要があるか、になってきます。その点においてバーンレート及び資金投下を確認したいという思いがあり、一つ一つ口頭で質疑するよりも計画として落とし込んでいただいた方がお互い負担が少ないと思った時に数値計画を提出いただくようにしています。
まだプロダクトが完成していないような、いわゆるプレシード期の場合では、足元の売上利益といった数値を見てもしょうがないといえますが、一方でピボットも含めどのくらいの期間チャレンジに集中できるかという点において、バーンレートの可視化は必要になってきます。一方プレシード期では、数値計画というアウトプットにせずとも口頭で認識を合わせることもできる場合があるため、この段階で数値計画を必要とするかどうかは投資家によるかもしれません。
また数値計画を見るのは、今後の計画のためだけではなく、これまでの資金コントロールの様子を分かっていた方が議論に移りやすいからという理由もあります。過去の期間で何の検証にどのようにお金を使ってきたか分かりやすいという点で数値計画は優れています。ピッチデックのトラクションとすり合わせながら過去の数値を確認しています。
Exitの想定
シードの段階では、いつ上場などのExitを目指すのかということはそこまで考慮していません。もちろん、定性的に ”どういう会社という見せ方で・どういうポジションを取った状態で” 上場するのかというお話は聞いたりしますし、ある程度マーケットサイズがはっきりしている状態が好ましいことは好ましいです。「ここで上場します」と数値計画で示していただいているものの、明らかにこの数字では上場できないよね、というパターンもありますので、Exit想定を数値計画に落とし込んでもらっている場合は上場時時価総額のシミュレーションも行っています。
投資家のために数値計画をつくるのではない
端的に言えば、事業戦略の議論のベースにしたい、というのがシード投資家が投資検討時に数値計画を必要とする1番の理由となります。
最後に「シードのスタートアップに数値計画は必要なのか」という問いに僕としてお答えすると、「投資家との間で事業戦略の議論が具体性をもって行われるフェーズであれば必要」という返答になります。この段階まで来ていればPMFそしてシリーズA投資までのマイルストーンへの論点を絞った上で投資検討をすることができるのかなと思っています。
数値計画の内容としては、ピッチと連動したKPIの内容とその予測・それらを達成するために必要なコストの推移・バーンレートと次回資金調達のタイミングが分かりやすいように記述いただければと思います。調達マイルストーンまでの議論が中心となりますので、まずは少なくともそれまでのものを記していただくのがいいかと思います。
戦略計画が必要となるのは、まさにわれわれが、未来を予測出来ないからである
ドラッカーという権威を用いて本稿をそれっぽくして終わろうとしていますが、たしかに、ピッチを聞いて数日思考しているだけの投資家はもちろんのこと、その事業にほぼ全てを費やしている起業家にも未来のこと全てを完璧には予測しえないでしょう。だからこそ、スタートアップが大きく価値を生み出していくストーリー上にある事象の中で、どの事象はまだ不確実性の高いもので、どの事象は確信に近いものなのか投資家として起業家と認識を合わせたいという思いがあります(起業家にとっては全ての事象の成功は絶対的だと感じているともちろん承知しています)。その予測を定量化したものがまさに数値計画だと考えており、それを作成するまでの起業家の考え方を見ることでその先の議論がよりよいものになると信じています。
スタートアップの皆さんにおいては数値計画を出せという投資家に嫌悪を感じている方も多いと思いますが、僕としては数値計画作成の工程は投資家のために存在するのではなく、現在地をメタ的に視認するため、スタートアップ自身にとっても重要なのでないかと思っています。
少しでも数値計画の意義について再考でき、また本稿が自身が数値計画を作成する際の何かになれれば幸いです。
関連コラム
-
VCが投資を決めるまでに、社内では何が起こっているのか?
- Tips記事
「初めてのベンチャーキャピタルからの資金調達、どのようにすればいいのか分からない」という声をよく聞きます。実際、準備すべきことは多く、何から手を付けて良いのかわからないものです。 これが理由でVCへの接触が遅くなってしまうことも少なくありません。僕自身もドーガン・ベータにジョインするまで、ど… -
「地方の課題感を自分ゴトとしてわかることが魅力だった」東京発のJOINSが九州のVCを選んだ理由
- インタビュー
地方企業が抱える課題を、都市部に住む副業人材が“リモート”で解決する──。既存の副業マッチングサービスとは異なるアプローチから、人材不足に悩む地方企業の課題解決と個人のキャリア支援に取り組んでいるのが2017年創業のJOINSです。 これまでJOINSが手がけるサービスには700社以上の地方… -
地場企業と共に“九州の宇宙産業”の発展へ、QPS研究所の挑戦
- インタビュー
「創業者の先生たちが作ってきた宇宙産業が発展できる良い土壌がなくなってしまうのは絶対に良くない、その思いがすごく強かったんです」 そう話すのは、福岡で小型レーダー衛星の開発・運用に取り組む株式会社QPS研究所(以下QPS研究所)の代表取締役社長・大西俊輔さんです。もともと同社は2005年に有限会社… -
β キャピタリスト年頭所感 2023
- インタビュー
新年あけましておめでとうございます。 2022年もドーガンベータラボをご愛読いただきましてありがとうございました。今年は開設した2021年に引き続いて投資先企業やLP投資家様とのインタビュー記事を公開しつつ、キャピタリスト個人による記事にもチャレンジする1年となりました。 福岡のスタートアップ・…