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地方VCは地域のために何ができるか? ドーガンベータが目指す地方×スタートアップ・エコシステムのかたち
WATANABE Reito福岡にスタートアップ・エコシステムの土壌を作る──。福岡発のVCとして、ドーガン・ベータが時間をかけて取り組んできたテーマの1つです。今後は福岡のエコシステムをさらに強固なものにするだけでなく、この仕組みを九州全体にも拡張していきたいと考えています。
そこで今回は「そもそも地方のスタートアップ・エコシステムとは何か」「それを根付かせるためにVCはどのような役割を果たすべきか」という軸で、ドーガン・ベータの取締役の渡辺麗斗に語ってもらいました。
渡辺が考える地方スタートアップ・エコシステムの展望や、地方VCの存在意義とは…。
*「2つの」エコシステムについてすぐに読むにはこちら
ドーガン・ベータ 取締役パートナー
静岡県静岡市出身。神戸大学在学中に「金融の地産地消」を実践するドーガンにインターンとして参画し後に入社。2017年にドーガン・ベータとして独立し現職。地域にスタートアップ・エコシステムを根付かせるにはどうすべきかを考えるのがライフワーク。漫画と生クリームが好き。
卒論のテーマは「地方のVCが果たす役割と課題」
── 今日はよろしくお願いします!「地方×スタートアップ・エコシステム」みたいなところと、それを踏まえたドーガン・ベータの今後の挑戦を1つのテーマにお話伺っていければなと。
渡辺 : これに先立って、自分が2014年に書いた卒業論文を改めて読み返してみました(笑)。というのも卒論ではVCを題材にしていて。東京の独立系VCが地方に投資する際に、地方のVCが果たす役割などについての考察をまとめたんですよ。
── そうだったのですか。すごく中身が気になりますね。
渡辺 : まず当時の僕が考えていたのが、日本の経済成長を考えた時の「エコシステム」の重要性です。
たとえば神戸であれば先端医療、九州では一時期言われていたシリコンクラスター構想といった具合に、1箇所で集中的に1つの新産業を作ろうみたいな動きは昔からありました。いわゆる産業クラスターなどと呼ばれるものですね。
一方でそのような産業クラスターに認定されて1つの産業が根付いたとしても、成長する産業自体は時の流れとともに移り変わっていきます。だから何十年のスパンで見ると、実は産業クラスターの恩恵でずっと成長し続けている都市って少ないのかなと感じていました。
そこでエコシステムの話になるのですが、これは元々生物学の用語なんですね。例えば人類という種を見ても、単独でこの世界に存在できている訳ではなく、環境や食物連鎖、競争といった外部環境も含めた循環するシステムの中で理解されるという考え方です。
スタートアップの世界でこの半世紀を見ていくと、シリコンバレーでは「産業自体は移り変わるけれど、人やお金がその中でどんどん循環していくので、同じ場所からまた新しい産業が生まれる」という仕組みができている。つまりエコシステムと呼ばれる仕組みが生まれていて、日本もこのエコシステムを作っていく必要があるよねと。
また、論文を書いていた2014年当時、アメリカの投資金額をエリア別で見ると実はシリコンバレーの占める割合は40%ぐらいで、そのほかの都市にもそれなりに分散していたんです。現在はシリコンバレーの比率がもっと高くなってはいるものの、他の地域でもベンチャー投資自体は行われています。
その一方で、僕が大学生だった頃の日本はほとんど東京でした。登記上の住所ベースでは9割以上が東京で、ここに違和感を感じて。日本でももっと地方が活発になる可能性があるんじゃないかと思って、地方でVCをやりたいと思うようになりました。
── 地方のスタートアップ・エコシステムについて、当時から何か構想のようなものがあったのですか?
渡辺 : スタートアップ・エコシステムのサイクルを大まかに分解すると、まず起業家がいて、その起業家に期待をして投資をする投資家がいる。周囲の助けを得ながらスタートアップが徐々に大きく育ち、やがてイグジットに至る。そこで生まれた資金がまた次の新しいスタートアップへ流れていくといった形になります。
これを地方のベンチャービジネスに当てはめた時に、当時考えていたのは「なんとかして地方から大きなディールを作ることが必要であり、それこそが地方のVCの大きな役割なのではないか」ということでした。
地方で生まれたスタートアップを、既存のエコシステムの中にいる投資家が「投資したい」と思うような状態になるまで一緒に大きくしていく。地方のVCが両者の橋渡しのような役割を担うことができれば、地方のエコシステムが発展していくのではないかなと思ったんです。
1冊の本に衝撃を受け、ベンチャーキャピタリストの道へ
── その考えが学生時代にあり、福岡に拠点を構えるドーガン(現 : ドーガン・ベータ)にジョインされることになったわけですね。そもそもVCに興味を持ったきっかけは何だったのでしょう?
渡辺 : 大学で所属していたゼミが、アントレプレナーファイナンスを研究している教授のところだったので、VCが身近な存在だったんです。アカデミアの領域からVCを知ったので、全米の投資額の分布はどうなっているのか、エコシステムとは何かといったように俯瞰的な視点から入っていきました。
僕の中で1つの転機になったのが、ケニーさんという方が書かれた本(Kenney, M. ed. [2000] “Understanding Silicon Valley” Stanford University Press. / ケニー, M. (加藤敏春監訳,小林一紀訳) [2002] 『シリコンバレーは 死んだか』 日本経済評論社 )と出会ったこと。個人的にはもっとも衝撃を受けた本でした。
この本では「スタートアップ」を経済学的な視点で考察しているのですが、そこで重要になるのが「エコノミー1」と「エコノミー2」という2つの経済の存在です。
エコノミー1は僕たちが普通に想像できる経済圏のことで、商品を売った・買った、つまり需要と供給がマッチして価格が決まり、そこで経済がまわるという馴染み深い経済の仕組みを指します。
一方で「スタートアップ・エコシステムは、この経済とは異なる論理で動く経済圏である」というのが彼の考え方で、それをエコノミー2として表現しています。この2つの経済圏が相互に影響しあっているのがシリコンバレーのエコシステムの本質であると言うんですね。
エコノミー2では起業家をはじめとする多様なプレーヤーが、まるで製品を作るように「スタートアップ」を形作っていく。そのコアは起業家なんだけれど、投資をするエンジェルやVCもいれば、弁護士・会計士として関わっていく人もいるし、オフィスを貸す人もいます。そこで働く従業員や起業家も、スタートアップに対して自身の時間を最大限に投資をする“いちプレーヤー”として描かれている。
そのようにいろいろな人がスタートアップに関わり、株式をシェアしていきます。大きな成長を遂げたスタートアップはIPOやM&Aを通じてエコノミー1へと移行し、その際に生まれるリターンを分け合うことで利益を得るといった構造です。
書籍では、このシステムは歴史的な経緯も含めて再現性がないため「シリコンバレーはシリコンバレーとしてしか存在し得ない」、誰も真似できないだろうというまとめをされていました。でも僕は「これって別の場所でもいけるんじゃない?」と考えたんですね。今振り返ればここが出発点になったと思います。
── そこで東京ではなく、地方のVCに行くという選択がまた興味深いです。
渡辺 : 地方出身(静岡県)だったのと、あまり東京に憧れがなかったからかもしれません。
僕自身もそうだったのですが、地元の友達と話していても大学を卒業して静岡に帰ると決めた場合に、地元に働きたいと思う会社があまりにも少ないことに課題感を持っていました。
地方にスタートアップのエコシステムが根付いたらいいなという考えもそこにつながっていて、やっぱり地方に必要なのは良い雇用があることだと思うんです。新しい会社、新しい雇用がどんどん生まれていかないと、いつまでたっても機会が多くの人に開かれていかない。
そしてそのシステムが地方で生まれることに一定の意義があるし、僕個人としてもそうなった方が地元に残りたい、帰りたいと思えるんじゃないかなって。
── 最終的に福岡のドーガンに進むことになった直接的なきっかけは、ゼミ旅行だったとか。
渡辺 : 本当に偶然でしたね。ゼミ旅行で福岡に行った際に、せっかくだから九州の地場企業をいくつか訪問させてもらおうよという話になって。その1社がドーガンでした。
当時の僕は、VCをやるには東京に行く必要があると思い込んでいたんです。地方に拠点を置いている独立系のVCがあるなんて思ってもいなかったし、実際調べてみてもほとんど見つからなかったので。
そんな時にドーガンと出会って「地方でVCやるってあり得るんだ」と知ったのがブレイクスルーでしたね。夏休みの始め頃にドーガンのオフィスを訪問し、神戸に帰ってから1か月悩んで「インターンをさせてください」と手紙を出しました。
── 当時のドーガンではインターンを採用されてたんですか?
渡辺 : いえ、当時はそもそも中途しか採っていませんでした(笑)。僕も就職するかどうかは全く考えていなくて、ドーガンの仕事をもっと見させてもらえないでしょうかというスタンスでした。
九州に「2つのエコシステム」を根付かせる
── 結果的にはインターンを経て新卒で入社し、現在はドーガン・ベータの取締役パートナーを務めていると。数年間、福岡でキャピタリストをしてきた中で、地方のスタートアップ・エコシステムについての考え方は変わってきていますか?
渡辺 : 以前の考えがブラッシュアップされてきているイメージですね。結局「シリコンバレーは特殊だ」という考え方は正しかったんだなとも感じています。
ファンドに所属してないような弁護士だったり、オフィスを提供する事業者だったり、さらに言えばその地域で暮らす住人ですよね。そういう人たちがスタートアップを面白がって一緒にやっていこうという気概を持っている。そこがやっぱりシリコンバレーは凄いし、特殊だなって。
福岡市も面白いものや新しいものを受け入れてくれる風土があると感じていたので、最初はシリコンバレーみたいになるかもしれないという気持ちもあったんですが、やっぱりそう簡単な話ではない。興味を示してくれても、当事者じゃないということで一歩引いている人も多いと感じました。
まずは同じ車に乗ってもらう人を増やさなければ、現状は変わらないというのが今の考え方です。ケニーさんが言うところのスタートアップという車をみんなで一緒に作り、応援して、その会社が成功して生み出したリターンが、また地域に還元されていく。そのサイクルに当事者としてリスクを取って入ってくれる人を少しでも増やしたいんです。
だから今はスタートアップのエコシステムとファンドのエコシステムの両輪が上手く回っているような状態を作りたいと考えています。
── スタートアップのエコシステムと、ファンドのエコシステムですか。
渡辺 : やっぱりスタートアップの成長だけに自分の人生をかけて、時間やリソースを割ける人は限りがありますよね。その人たちの”想い”がある間はそれでも良いかもしれないけれど、その人たちがいなくなってしまった時に引き継ぐ人がいなければ途絶えてしまう。それは起業家もそうですし、彼らを支援する投資家にも同じことが言えます。
だからこそスタートアップ・エコシステムだけでなく、ファンドのエコシステムも必要だなと。今は僕たちのようなプレーヤーが強い想いを持ってLPの方からお金を預かり、ベンチャーへ投資をしていますが、僕らがいなくなった後でもベンチャーに投資をするのが当たり前のような状態を作っていく必要があるんです。
この2つのエコシステムに、1人でも多くの人を巻き込んでいきたいと考えています。
── それは渡辺さん個人としての思いなのか、それともドーガン・ベータとしてチャレンジしていきたいこというお話なのか。どちらが強いでしょうか?
渡辺 : 最近は正直どっちがどっちだか分からなくなってきています(笑)。そんな話をずっと今のメンバーと時間をかけて議論してきたという背景があって。
少なくとも僕らがこれから10年のスパンで取り組んでいきたいのは「最初はLPという形で僕らを経由して投資に関わっていた企業や個人が、自分たちでも積極的に直接投資ができる状態になってくれること」。それをドーガン・ベータとして明確に掲げましたし、その考え方に対して僕も全く違和感がなかったです。
── 投資のスタンス自体も結構変わってきているのでしょうか?
渡辺 : ファンドのミッションが変わっていったというのが近いかもしれません。
地方で1番最初にリスクテイクする人はまだまだ少ないんですね。ギャップファイナンスと呼ばれたりしますが、そのギャップファイナンスを埋めるプレイヤーがいないからこそ、僕たちがそれを担うんだという気持ちでずっとやってきました。
でも、僕らが埋めるんだと思わなければ新たな産業が生まれないのであれば、それは全然ダメなんじゃないかと思うようになって。仕組みとして、ファンドのエコシステムを作ることにもっとコミットする必要があると課題意識が一段階上がったような感じですね。
── なるほど。そのようなことを考え始めたきっかけは何だったのでしょう?
渡辺 : 前のファンドを作ったのが2017年で、その年にドーガン・ベータをスピンアウトさせているのですが、それにあたって僕たちなりのミッションとは何かを見つめ直す機会がありました。
もともとドーガンはグループ全体で「地元のお金を地元のために使おう」という意味で「金融の地産地消」をテーマにしています。でも金融の地産地消はあくまで手段でしかありません。それでは地産地消を行うことによってその先で何が変わるのか、メンバーで突き詰めて議論してみたんです。地域のお金が地域で使われる状態の何がいいのか。
そこで整理できたのが「地域に根差したエコシステムが作られていく」ということでした。究極的には、ドーガン・ベータがいなくなったとしても、みんなが地域のギャップファイナンスを埋めにきてくれるようになった状態であり、それこそが理想なんじゃないかということが見えてきたんです。
これをもう少し言語化できたのが、2020年に新たなファンドを作ろうと考えた時です。趣意書という投資家募集の資料を作るんですけど、それを作る過程で自分たち自身もピンときたのが2つのエコシステムを両軸で回そうという図でした。
ドーガン・ベータが描く次の10年
── 10年のスパンで、というお話もありましたがまずはどんなところから始めていきますか?
渡辺 : 1つポイントになるのが、より多くのエコシステム1周目の人を生み出すこと。端的に言えばIPOやM&Aなどを経験する人ですね。彼ら彼女らがその後で再び地域にコミットしてくれれば、お金や人材が還元され、次のサイクルが始まると信じています。
ドーガン・ベータはベンチャー投資を通じて「雇用の多様性」を生み、その結果として地方が豊かになるというところを目指してきました。スタートアップ・エコシステムがどんどん機能して新たな産業が生まれ続ければ、自然と雇用の多様性は生まれ続けます。そうすれば福岡の人は地元で魅力的な雇用が見つかるかもしれないし、他の地域から福岡に来ることを選択する人が増えるかもしれない。
僕たちとしては投資先を全力でサポートして起業家の成功を後押しすることも大事ですが、その起業家が(その後も)継続して地域にコミットしてもらえるかも同じくらい大事なんです。
実は直近のファンドでは、1号ファンドの投資先でイグジットした起業家からも出資をしていただいているんですね。そのような形で、まずは僕らを介して地域のスタートアップ・エコシステムが加速するような、次の火種を一緒に作っていく。そこに対してもVCとしてしっかりコミットしていきたいと思っています。
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その輪が広がっていけば、僕らへの投資と並行して自分たちもベンチャー投資をしていきたいという企業がでてきても不思議ではないし、M&Aという選択肢も生まれるはず。そうなればファンドのエコシステムとしても良い状態ですよね。
新ファンドで規模を2倍にした理由
── そのエコシステムを強くしていく上でも、今回のファンドは重要になりますね
渡辺 : 今回のファンドは前回から比べて2倍ほどの規模になっています。
その背景としては「シリーズAクランチ」と呼ばれる、シリーズAになかなか進めずに苦戦している起業家を減らしたい。最近ではシードクランチのような状態のスタートアップも存在するので、まずは地方でその状況に陥っている起業家を減らしたいという思いがありました。
近年はエンジェルラウンド、プレシード、シード、プレA、A、Bといった形でどんどんベンチャーの調達フェーズが細かくなってきています。それに伴って、VC側も特定のフェーズに特化して最適化するような動きもでてきている。
たとえばシードまでは出すけどそこから先はコミットできないといった話も実際に聞きますし、特に東京から地方に投資をする場合、分散投資のような形で投資自体はしてくれても、そこから何度も追加投資をしてくれる投資家はまだ多くありません。
僕たち自身もこれまでは十分な体制が作れてなかったので、今回のファンドを期にしっかりとシリーズAでも既存株主がコミットしてくれるという状態を実現しようというのが1つです。
── 1社あたりの投資金額の上限を拡張することになるので、ファンドの規模自体を広げる必要があったわけですね。
渡辺 : まさにそうです。そしてもう1つ、新しい取り組みとしてはシリーズAでも追加投資をする「後ろ(のステージ)」に広げていくことだけでなく、投資の対象を「前」にも広げていきます。
以前はプロトタイプを通じて概念実証ができたタイミングで投資を検討することが多かったのですが、その前にあたるアイデア段階でも投資をしていく方針です。
背景には福岡でも少額投資をする投資家の数は増えてきているのですが、それに伴って「少額投資を受けて事業を進めてきたのだけれど、VCの視点では上手く仮説検証が行えていない状態の会社」も増えてしまっていることがあります。
「その出資を受ける前に相談に来てくれれば別の形でサポートすることができたのに…」と苦い思いをすることも多いのですが、それは僕たちがプレシードの人たちにきちんとアプローチできていなかった何よりの証拠ですし、だからこそ起業家側も僕らに相談しようと思わなかった。この点はものすごく反省しているんです。
もともと、以前から投資をする前の段階の企業に対しても相談に乗ったり、できる範囲で人を紹介したりといったことはしていたので。だったら最初のタイミングから投資もできるようにしようよと。
「シード期のFirst to Last」と言われているのですが、シードを最初から最後まで全部支えるファンドをやる。そのためには10億では足りなくて、もう少し余力のあるファンドにする必要がありました。今回のファンドを機にドーガン・ベータとして「その段階から伴走していく」というのをしっかり伝えていきたいですね。
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