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地域の「種」を見つけ、育てる。 ──βvcと中小機構がつくる、九州発スタートアップ支援の新しい形

政府の成長戦略において、大きな柱となっている「スタートアップ政策」。近年、国の政策と地域におけるスタートアップ支援の現場は「地域創生」「中小企業支援」というキーワードを軸に融合しつつあります。地域における真のスタートアップ支援とは何か、そしてVCと公的機関が手を携えることでどのようなエコシステムが生まれるのか——。

ベータ・ベンチャーキャピタル(以下、βvc)代表取締役パートナーの林龍平が、独立行政法人中小企業基盤整備機構(以下、中小機構)の本部で創業・スタートアップ支援を強力に推進する石井芳明氏をゲストに迎え、同九州本部のスタッフも交えて議論を交わしました。話題は両者の出会いから、地域におけるスタートアップの定義、具体的な成功事例、人的課題の突破口、そして「最初の起業家に寄り添う」というキャピタリストの哲学に至るまで多岐にわたりました。

石井 芳明
中小企業基盤整備機構
創業・スタートアップ支援部長
石井 芳明
ISHII Yoshiaki

経済産業省にてスタートアップ政策、中小企業政策に従事。J-Startup、始動Next Innovator、新SBIR制度、スタートアップ・エコシステム拠点都市、日本スタートアップ大賞、LLC/LLP法制など、各種プログラムの創設を担当。スタートアップ育成5か年計画の策定にも参画。2024年より中小企業基盤整備機構の創業・スタートアップ支援部長としてスタートアップ支援の実施を強化中。早稲田大学大学院商学研究科修了。博士(商学)。

林 龍平
代表取締役パートナー
林 龍平
HAYASHI Ryohei
1999年住友銀行、2001年シティバンク、エヌ・エイを経て、株式会社ドーガンに2005年より参画。主にベンチャー支援業務に取り組む。4本総額50億円のベンチャーファンド立ち上げを行い、これまでに約35件の投資を行ったほか、2012年には起… 続きを読む

世界をめざしたスタートアップ政策と中小企業政策が「地域」で交差

林:石井さん、本日は福岡までお越しいただき、ありがとうございます。まずは政府や中小機構として、今スタートアップ政策や地域支援をどのように捉えていらっしゃるのか、全体像をお聞かせいただけますか。

左からβvc林、中小企業基盤整備機構石井さん、同機構九州本部森永さん

石井:政府の成長戦略において、スタートアップ支援は明確な柱となっています。「骨太方針2026」と「日本成長戦略」に基づく「スタートアップ総力創出パッケージ」をはじめ、多様な施策が打ち出されています。総力創出パッケージには「スケールアップ」「ディープテック」「地域の経済社会を担うスタートアップ創出・育成」という3本柱があり、特に「地域」は重要なテーマです。

また、かつての中小企業政策は大企業に対する弱者保護的な側面が強かったのですが、基本法改正以降は成長意欲のある企業を応援する方向へと変化。最近では、中堅・中小企業の「稼ぐ力」強化戦略で売上100億円を目指す企業を支援するなど、成長支援に力を入れています。

スタートアップ政策と中小企業・創業支援政策が「地域」と「成長支援」というキーワードで重なり合ってきた。地域企業を長く支援してきた中小機構が活躍する場は、今後さらに広がると考えています。

「スタートアップ」を捉え直し、対象の裾野を広げる

林:非常にクリアな整理ですね。地域にスタートアップを増やそうという機運が高まる一方、現場で投資をする我々としては「スタートアップ」という言葉のひとり歩きに懸念を抱いています。地域には昔から「ベンチャー」と呼ばれ、地道に素晴らしい事業を営む企業が多く存在します。急激なJカーブを描くモデルだけでなく、地域課題を解決し着実に成長する企業も支援すべき対象だと考えています。

石井:全く同感です。言葉の変遷を振り返ると、スタートアップの前は「ベンチャー」、90年代頃は「ニュービジネス」と呼ばれていました。ニュービジネスの代表例として福岡のお仏壇のはせがわさんが挙げられます。伝統的な業界において、ロードサイド出店という常識破りの革新を起こされました。(創業者の長谷川裕一氏は2008-2012年日本ニュービジネス協議会連合会の会長)

林:まさに今のイノベーティブなスタートアップそのものです。

石井:地域のスタートアップ支援を考える際は、対象企業の範囲を広めにとるべきだと考えています。東京と比して急成長型のスタートアップは少ないものの、持続成長型のスタートアップは一定数存在し、予備層も多いと感じています。そこにアプローチするためには、βvcさんのような現場のプレイヤーと組むことが不可欠です。

林:ありがとうございます。実は今回のファンド設計段階でも、「スタートアップの成長には3パターンがある」と定義して示しました。時価総額2,000億円規模に達したQPS研究所さんのように、宇宙分野で深いJカーブを描いていく企業に投資する一方で、地域に根差し着実に成長する持続成長型モデルも極めて重要であると捉えています。

チャリチャリにみる、地域発・持続成長型モデルの実像

石井:持続成長型モデルには、どのような会社がありますか?

林:例えば、我々が出資するシェアサイクルCharichari(チャリチャリ)があります。東京のLuupさんは先行投資を投入してプラットフォーム価値を最大化させるJカーブ型ですが、チャリチャリさんは実直な成長を遂げています。

石井:もともとメルチャリとして始まった事業ですね。2024年にJapan Venture Awardsで表彰させていただきました。

林:そうです。2018年に福岡市の実証実験に採択されてスタートしたものの、当初は収益化に課題がありました。そこに目をつけたのがIT起業家の家本賢太郎さんで、事業を引き継ぐ形で2020年4月にチャリチャリへと刷新し、本格事業として再スタートを切りました。家本さんは公共交通に深い知見を持ち、地元の企業や行政と関係を構築しながら、今や年間1,000万ライドを超える地域インフラに育っています。チャリチャリさんの特徴は、大規模な広告宣伝費を使わず、事業引き継ぎからわずか数年で黒字化を達成したことです。

石井:すごいなと思っていたのですが、実際どうやって数年で黒字化を果たしたのですか?

林:例えば、自転車のカゴやベル一つまで使い勝手を見直し泥臭いコスト改善を重ね、普通自転車と電動アシスト自転車を使い分けて収益性を高めました。また、ポート(駐輪拠点)を増やすために土地を提供してもらうなど、JRや西鉄など交通企業ともうまく連携しています。さらに、福岡市が抱える放置自転車という課題の解消にも貢献しています。

石井:なるほど、急拡大を追わず、地域課題を解決しながら信頼を積み重ねて、着実に成長している。地域のスタートアップを考える上で、非常に象徴的な事例ですね。

林:そう思います。最初から大きな資金調達を繰り返すのではなく、シード、プレシードの段階で必要な資金を入れ資本効率を高めて、早期黒字化を目指しました。事業として採算が取れることが見えてくると、金融機関が自転車を担保にしたアセットファイナンスという画期的なスキームを組んでくれました。

石井:早期黒字化を果たしたからこそ、デットのレバレッジが効く素晴らしいファイナンス手法ですね。

林:エクイティの希薄化を抑えつつ、福岡での成功モデルを携えて、熊本や佐賀、名古屋、東京など各地へ展開を拡大しています。

過去の失敗から学んだ、「着実な成長」への投資戦略

林:地方に行くと、「うちの県にはスタートアップなんてない」とよく言われます。しかし詳しく話を聞くと、老舗企業の新規事業や意欲あふれる2代目3代目の取り組みなど、応援すべき挑戦がいくつも出てきます。ですから、スタートアップという言葉を前面に押し出すのではなく、地域課題の解決や新しいことをやっているチャレンジ全般を支援できればいいなと思っています。

実際、我々の最新ファンドの投資先16社のうち3割近くは水産業関連です。陸上や海などいろいろなパターンで、養殖や魚粉の開発、鹿児島大学発の魚市場DXなど、着実な成長が見込まれるモデルに投資しています。

石井:私と林さんが出会ったのは2006年、私が中小機構ファンド事業部にいた頃です。当時は地方でのベンチャーキャピタルは苦労されている印象でした。

林:今のスタンスに至った背景には、2006年に設立した0号ファンドでの苦い経験があります。このファンドには中小機構さんからも出資いただきました。当時はベンチャーブームで、福岡にもQ-Boardが開設され、九州からのIPOを連発しようと意気込んでいました。ところが、2006年1月にライブドアショックが起き、市場が急速に冷え込んだ。その後、リーマンショックや東日本大震災も重なり、2012年まで九州からIPOが1社も出ない厳しい時期が続きました。

石井:あの時代は本当に厳しかったですね。当時、中小機構のファンド事業も大きな赤字を抱えていました。それでも事業を継続し、粘り強く投資を続けた結果、現在のファンド事業は大きな黒字に転換しています。継続は力なりですね。

林:リスクマネーを供給し続けてくださったことに感謝しています。その経験から、我々は急成長型のスタートアップだけを見るのではなく、地域企業の成長可能性を幅広く見るようになりました。その一つが「草刈機まさお」で知られる筑水キャニコムさんです。支援させていただいた2010年当時は売上50億円規模でしたが、現在では売上100億円超、海外売上比率50%超のグローバル企業へと飛躍しています。

石井:スタートアップというラベルではなく、適正評価と成長の伸び代に着目されたのですね。

林:その学びを活かして2012年に立ち上げた1号ファンドは好調でした。一番大きいのが、調剤薬局「きらり薬局」を展開するHYUGA PRIMARY CARE(ヒュウガプライマリケア)さんです。訪問診療のニーズが高まる中、薬は取りに行かなければいけないという課題に着目。薬剤師が患者の自宅や施設を訪問して薬を届ける、在宅医療型の薬局として起業しました。さらに訪問調剤のノウハウをソフトウェア化し、全国の中小薬局に提供するモデルへと進化しました。結果として約3000の加盟店を持つネットワークに成長し、上場時には高い投資倍率を実現しました。

「社会のインフラに、なる」調剤薬局チェーンからプラットフォーマーへの変革で急成長

林:また、長崎県佐世保市の福祉ソフトさんも、福祉施設向けの請求SaaSを提供し、資金調達に頼らずオーガニックに成長した後、大手企業のLITALICOさんにM&Aで事業売却されました。

石井:最初から何十倍になる会社を探していたわけではなくても、着実に成長すれば評価してくれる相手が現れることもある。地域での投資には、そうした面白さがあるのですね。

長崎発・福祉ITスタートアップ起業家 上場企業に10億円Exitまでの道のり
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βvcは、起業家が最初に出会うVCでありたい

林:現在、我々は年間約250件の起業家や起業を目指す人に会っています。中小機構さんや金融機関、過去の投資先などからの紹介も増えました。

石井:βvcさんは、我々の九州本部と一緒に動いてくださっていると聞いています。例えば、長崎市のインキュベーション施設D-FLAGでの相談会。また、大分の立命館アジア太平洋大学で開催するセミナーや個別相談会にお越しいただき、まだ起業するか決まっていない学生の壁打ちにも親身に対応してくださっているそうですね。

林:そこが我々の大切にしているところです。VC、キャピタリストの存在価値は「まだ誰も知らない起業家に会う」ことだと考えているからです。βvcは、起業家や起業するかもしれない人が最初に会うVCでありたいと思っています。ですから、中小機構さんと連携して、イベントや大学などでまだ知られていない起業家や起業予備軍に出会えることをとてもうれしく思っています。

QPS研究所さんとの出会いも、福岡市のスタートアップカフェで開催したイベントでした。九大の八坂先生から事業を引き継ぐことになった大西さんから、「スタートアップとしてやっていく方法はありますか?」と相談を受けました。そこから伴走して、巨額調達や上場につながり、今や世界的な宇宙スタートアップへと大きく飛躍しています。

石井:中小機構としても、「ここにはスタートアップがいない」と言われる地域こそ、まずきっかけをつくることが重要だと考えています。地域の金融機関や企業、自治体、若者、外から来た人たちが出会う場をつくる。中小機構が実施するアクセラレーションプログラムFASTARもその一つです。そこにβvcさんのような現場の投資家が参加することで、起業家にとっては自分の事業を見てもらうという次のステップが生まれます。

地域の成長を阻む人的リソースの壁をどう突破するか

石井:地域のスタートアップを支援する際、もう一つ大きな課題になるのが「人」です。事業を伸ばす人材をいかに地域につなげるかが重要だと思っています。

林:どこの投資先に行っても「人材がほしい」と言われます。ただ、必要な人材は企業やフェーズによって違い、非常に個別性が高い。福岡は都市ブランドによって人材が集まりやすくなっていますが、九州の他地域ではまだ大きなギャップがあります。特に不足しているのは、採用のグランドデザインを描ける戦略的人事プロフェッショナルです。

石井:中小機構でも関心が高いテーマです。潜在的に地域やスタートアップで力を試したい人材層は確実に存在します。

林:QPS研究所さんの場合も、ソニー出身でMBAを持つ人をアーリー期にお引き合わせしたところ、思いが共鳴して転職。副社長として、海外のファイナンスも含め巨額調達を取り仕切ってくれました。彼には宇宙関連の専門知識は全くなかったのですが、そこは後から学べるため、起業家とビジョンがシンクロする人材を適切なタイミングで引き合わせることが重要だと感じています。

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石井:中小機構でも、副業・兼業から始めて段階的に転職へつなげるような人材支援ネットワークを全国で広げていきたいと考えています。

九州で生まれたモデルをカスタマイズしながら全国へ

石井:中小機構には、北海道から沖縄まで全国に10の地域本部・事務所があります。各支援事業の地域本部別シェアを見ると、九州本部はTIPS実施件数(2024・25年度)で全国の26%、スタートアップ挑戦支援相談対応数(25年度)は35%で全国トップの実績を上げており、起業家と接する機会を積極的につくっています。九州で培ったノウハウを他地域へも横展開していきたいですね。

林:我々にとって、九州本部さんと密に連携できることは大変心強いです。地域に根差して活動する中小機構さんと一緒に動くことで、我々だけでは出会えない起業家に会い、大学やイベントではまだ起業を決めていない人たちとも接点を持てる。そして、我々自身も各地に足を運び、起業家にとって最初に相談できる存在でありたいと願っています。

福岡と他地域とのギャップは、課題であると同時に投資のチャンスでもあります。東京のVCから見ると、本当にスケールするのかと思われる事業でも、地域の課題を解決しながら成長し、投資家が期待するリターンを実現できるのであれば、十分に投資対象になります。

石井:地域ごとに産業も課題も違うので、福岡のモデルをそのまま持っていけるわけではありません。地域の企業や人や産業を活かしながら、それぞれのエコシステムをつくっていく必要があります。

林:「福岡だから成功した」と言われないよう、各地に足しげく通い、地域にある種に最初に会い、話を聞き、必要な人や資金をつなぎ育てていく。それが我々VCの役割であり、中小機構さんと一緒に地域発の成功事例を生み出していきたいです。

石井:今回林さんのお話を伺い、βvcさん自身が地域で苦労しながら、どういう企業が地域で成長できるのかというモデルをつくってこられたことがわかりました。その経験を現場で実践されているからこそ、信頼できるパートナーなのだと改めて実感しました。中小機構も、資金だけではなく、地域で人と人をつなぎ、企業や起業家が次の一歩を踏み出すきっかけをつくっていきたいです。ぜひ引き続き連携させてください。

林:ありがとうございます。九州には豊かな食も産業も、挑戦する企業も人もたくさんいます。これからも試行錯誤しながら、それぞれの地域に合ったエコシステムをつくっていきましょう。

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